エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)

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『母』([前編]・後編)

『母』([前編]・後編) 松井勇著(蔕文庫舎/2009年; 2019年 / 四六判) 

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 本書は、前編の刊行10年後に後編が刊行されている。戦後すぐの労働運動高揚期から労働運動一筋の道を歩み、退職後は、文芸投稿誌『蔕文庫』(季刊)の主宰者であった、松井勇氏の歩みとその眼を通した、「母」の姿が映し出されている。言いかえれば、大正・昭和・平成を生きた女性の歩みであると同時に、著者の自分史でもある。

 1907(明治40)年、兵庫県三田市の片田舎、貧農の次女として生まれたまつゑ(のちに松井姓)は、小学校4年も終えないまま12歳そこそこで、紡績工場で働き始める。「男運が悪く」、離婚や破談の上に、姉夫婦の勧めで志摩半島出身の金型職人松井勘三郎(著者の父)と当初は「意に添わぬ」結婚をする。大阪市東成区今里の棟割長屋で世帯をもち、貧乏世帯のやりくりのなかで、長女、長男の勇(著者)を含め4人の子どもを育てる。

 紡績工場での労働については、本人の記憶はあまり鮮明ではないが、12時間2交代制の深夜業が若い肉体をむしばみ、細井和喜蔵の『女工哀史』(1925年完成)による告発や、1916年施行の抜け穴だらけの「工場法」や、『大阪社会労働運動史』等の資料を駆使して、記述を補っている。

 鮮明な記述と言えば、子どもたちが巣立つまでの居住地である下町、大阪市東成区の今里ロータリー周辺の裏長屋の暮らしぶり― どんなものを食べていて、どんな職業があったか、大雨ごとに汲み取り便所からあふれ出る汚物や下駄などがプカプカ流れる不衛生な住環境― や、人情味あふれる庶民の支え合い、猪飼のコリアタウン在日朝鮮人家族の日常的な営み、今里車庫を拠点にする市電や市バス(トロリーバスも含めて)の風景等々、当時を知る者には懐かしく、知らなくても情緒豊かな映画を見ているような、リアルな情景が母を中心とする周りの人々との大阪弁のやりとりをバックに浮かび上がる。

 もちろん、1931年の満州事変からはじまる15年戦争下、3人の子をひき連れて夫の生家伊勢に疎開し、廃屋同然の一軒家で水も電気もないどん底の生活を経験しているが、「明日は明日の風が吹く」の持ち前の母の楽天性に集約してサラリと描いている。

 著者が結婚し、八尾市郊外に両親と末の弟を引き取り、父が他界し、母自身の老いとのたたかい(視力障害、最期は白血病)を経て、母は1990年に83歳で他界した。

書名の通り、主役は母である「松井まつゑ」なのだが、世間的にいう「行跡録」があるわけではなく、著者およびそのパートナーの美和子との豊かな関係において、その存在感が見事に伝わる。

 著者は、『税務署にこんな労働運動があったーオムニバス・体験記録』、『20世紀の片隅で―労働運動40年』(当欄で紹介)に記しているように、夜間高校を出て、全国税労働組合の労働運動をスタートに、敗戦直後の労働運動の真只中を走りぬけ、国税解雇後、自治労奈良県本部書記に入り、書記長・委員長に選出され、奈良総評事務局長、連合奈良会長、奈良県労働者福祉協議会(労福協)会長を務め、労働運動ひとすじの40年を送っている。

 従来、「労働運動の男性幹部」というと、家のことは母や妻に任せきりで、ひどい場合は家庭内では会話も成立していないという人生が多いようにイメージされがちだが、母との対話、特に高齢期に入った時期からの対話や聞き取りは、心が温まる叙述である。特に惹かれたのは、労働運動の仲間たちや大切な友を家庭に招いて母を紹介し、公的行事にも母の登場場面を作り、自らの生き方を言わず語らずのうちに母に示して、同意を形成していく過程である。私は後編から先に読んだので、看護婦の仕事をもつ妻が、仕事を辞めて義母の介護に専念していく選択について、どんな会話があったのか、著者はどう考えているのかという疑問がわいてきたが、「前編」を読んで、二人の間にどのような関係が築かれてきているのかが理解できた。介護の社会化をめぐって介護保険が社会的議論になるのは、10年ぐらい後である。本書は、著者と妻の合作であることを強調したい。

 いくつかの書評に見るように、時代背景が丹念に描かれていることが本書の特徴であり、歴史的な出来事やたたかいも、客観的解説にとどまらず、歴史を切り拓く実践を経てきた著者の目と自身の言葉で語られていて、共感を呼ぶ作風であり、若い世代に学びが多いことを推奨したいと思う。(伍賀 偕子<ごか・ともこ> 元「関西女の労働問題研究会」代表)

 

 

当館情報も掲載されている『専門図書館探訪』

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 本書は一般の人たちが利用できる公開型の専門図書館のサービスや資料を紹介するガイドブックです。見開きごとに1館ずつの紹介があり、全ページカラーで、写真がふんだんにあるのでとても見やすく使いやすい名鑑となっています。

 本書では専門図書館の分野を「文学・歴史」「社会」「サイエンス」など9つのジャンルに分け、全部で61館の情報を掲載しています。

 当エル・ライブラリーも紹介されています(下の写真)。

 各施設ごとに「Wi-Fiあり、車椅子貸し出しあり、カフェテリアあり」などのマークがついているので便利です。

 この本を手掛かりに、多くの人がいろんな専門図書館を活用して、そこでしか得られない貴重な情報・資料にふれ、専門性の深さや楽しさを知ってくださればうれしいです。(谷合)

 

<書誌情報> 

専門図書館探訪 : あなたの「知りたい」に応えるガイドブック 青柳英治, 長谷川昭子共著 勉誠出版 2019.10 ライブラリーぶっくす

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新着雑誌です(2019.11.20)

今週の新着雑誌です。

新着雑誌のうち最新のものは貸出できません。閲覧のみです。

労務事情 No1395 2019.11.15 (201354362)

労働判例 No1208 2019.11.15 (201354396)

労働経済判例速報 2392号 2019.11.10 (201354255)

労働法学研究会報 No2705 2019.11.15 (201354222)

労働基準広報 No2011 2019.11.11 (201354198)

月刊人事労務 368号 2019.9.25 (201354313)

労政時報 3983号 2019.11.22 (201354347)

 

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新着雑誌です(2019.11.8)

今週の新着雑誌です。

新着雑誌のうち最新のものは貸出できません。閲覧のみです。

労政時報 3982号 2019.11.8 (201354123)

労務事情 No1394 2019.11.1 (201354149)

人事実務 No1202 2019.11.1 (201353976)

企業と人材 No1081 2019.11.5 (201354008)

ビジネスガイド 56巻15号 2019.11.10 (201354156)

月刊人事マネジメント 347号 2019.11.5 (201353950)

労働判例 No1207 2019.11.1 (201354032)

労働法学研究会報 No2702 2019.10.1 (201354016)

労働法学研究会報 No2703 2019.10.15 (201354040)

労働法学研究会報 No2704 2019.11.1 (201354073)

労働法律旬報 1944号 2019.9.25 (201354107)

労働法律旬報 1945号 2019.10.10 (201354065)

賃金と社会保障 1740号 2019.10.25 (201354099)

労働基準広報 No2010 2019.11.1  (201353984)

労働法令通信 No2531 2019.9.18 (201354164)

労働法令通信 No2532 2019.9.28 (201354172)

労働法令通信 No2533 2019.10.8 (201354206)

先見労務管理 No1617 2019.9.25 (201354230)

労働情報 No987 2019.11.1 (201354263)

 

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『石の上にも三年 ―季刊・文芸投稿誌『蔕(へた)文庫』の歩み―』

松井勇 著 (蔕文庫舎/2019年8月) 

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 本誌は、日本社会文学会『社会文学』第46号(2017年)に掲載された作品を、本年2019年8月に加筆修正したものである。

著者は、1933(昭和8年)10月大阪市東成区で生まれ、疎開先の三重県志摩郡(現鳥羽市)で敗戦を迎え、夜間高校を出て、国税庁の大阪南税務署に配属。全国税労働組合の労働運動をスタートに、敗戦直後の労働運動の真っ只中を走りぬけ、解雇後、自治労奈良県本部書記に入り、書記長・委員長に選出され、奈良総評事務局長、連合奈良会長、奈良県労働者福祉協議会(労福協)会長を務めたという、労働運動ひとすじの40年を送ったが、本誌は、退職後に自身が立ち上げた「文芸投稿の場」=『蔕文庫』の約20年の歩みを綴っている。

 『蔕文庫』のネーミングの「蔕」(へた)とは、― 上手下手の「へた」が源流だが、素人の文章とは言え、「下手文庫」で括ってしまうのは失礼なので、柿やなすに残っている萼(がく)である「蔕」の文字を当てることにした。蔕は、真っ先に切り落とされるが、「ヘタは果実の生育を直接支配している重要な器官」(農文協編集発行の果実全書「カキ・キウイ」より)であり、柿は生育するとき、蔕で呼吸し、成長に必要な物質などを蔕が調節している、いわば、物事の土台、ねもと ― なのである。

 編集委員の久保在久氏(本欄でも何度か紹介している近代社会労働運動史を紡いできた歴史研究者)が創刊時の思い出を、― 蔕という意表をつく題名は、ユニークだと思ったし、底辺の労働者にも目配りする労組出身の松井さんらしい発想とも思った。松井さんのように偉くなられた方なら、定年後は労働関係団体に「天下り」されると思っていたので、意外な気がしたが、そのお考えに賛同し ― 編集委員を引き受けられたと書かれている(『蔕文庫』第四十号「創刊の頃」より)。

 『蔕文庫』の文字を題字に書かれたのは、大阪天満宮繁盛亭で大活躍しておられる、落語文字の大御所、橘右佐喜氏である。

 著者自身も、― 還暦を過ぎ「余生」を送る歳になって、雲をつかむような話に耳を傾け、向き合ってくれる人たちが大勢いたのである。「余生」を「余勢」に転じて賭けてみたい、道は自らが歩んで切り拓くもの ― と、当時の決意を語っている。

 著者が築いてきたネットワークにとどまらず、実に多くの人びとが賛同し、編集委員や投稿者・読者となった。

 2004年には、第7回日本自費出版文化賞で「文芸A部門賞」を受賞した(第12~15号)。選考委員である作家の中山千夏氏の推薦の言葉を抜粋すると ― これまでも同人誌作品が最終選考まで残ったことはあった。このような総合誌のかたちをとったものは珍しいのではないか。編集の担当者が次のように書いておられる。「どんな困難な時代にも、ひたむきに生き続けた人たちの足跡と息吹を、いまの高齢社会のなかで全世代共有のものにしたいと考えるようになった」そんな志を抱いて仲間を誘い、エッセイあり、創作あり、詩ありと内容もバラエティに富んでいる。自費出版というかたちを使い、このように発信していくことはとてもいいことだ ― と。

 創刊10周年(2010年春号第四十号)では、142頁、66作品もが掲載されている。

 2013年1月には、五十号に達し、これまでの投稿作品を「総目次及び執筆者別作品名」(128頁)として纏めて発行。「皆んなで会おう会」は十回を数え、書き手・読み手・支援者が一堂に会し、楽しいひとときを共有し、遠隔地にも出向いて「作品合評会」も重ねた。

 そして何事も始めあれば終りありで、著者の右目に「老齢黄斑変性」の疑いと診断され、入院・手術を受けたが視力を失い、ついに「廃刊」を決意した。

 パートナーの松井美和子さんが苦衷の決断を述べている ― 夫の右眼の恢復が叶わぬなか、左眼にも視力障碍の兆候が現れました。せめて明かりだけでも残っている間にと、廃刊を決断しました。この事をいつ皆さまにご報告申し上げ、皆さまに寛容なお気持ちで、受け止めていただけるのか悩みました。立ち上げる時は調子がいいのですが、終わる時の辛さは一言では申せません・・―(第六十七号(廃刊2017年冬号「あ・り・が・と・う」)

 著者自身は、「廃刊とあって、皆さんからの声がたくさん寄せられた。惜しまれながら廃刊を迎えたことに悔いはない。明日は若い人たちに譲ろう」と。(2017年2月15日記)

 さらに、蔕文庫に書き溜めた自作品を単行本として、次々と出版。『20世紀の片隅で―労働運動40年』(2013年3月―本著は直後に当欄で紹介)、『母』(2009年5月)『母後編』(2019年8月)。各作品とも多方面から高い評価が寄せられていて、字数の関係でここでの紹介は省略するが、その終始一貫したひたむきな姿勢に心から敬意を表する次第である。 (伍賀 偕子)

 

新着雑誌です(2019.10.25)

今週の新着雑誌です。

新着雑誌のうち最新のものは貸出できません。閲覧のみです。

労政時報 3981号 2019.10.25 (201353968)

賃金事情 No2792 2019.10.5 (201353935)

人事マネジメント 346号 2019.10.5 (201353711)

企業と人材 No1080 2019.10.5 (201353885)

労働経済判例速報 2388号 2019.9.30 (201353836)

労働経済判例速報 2390号 2019.10.10 (201353828)

労働経済判例速報 2391号 2019.10.20 (201353851)

労働基準広報 No2008 2019.10.11 (201353919)

労働基準広報 No2009 2019.10.21 (201353745)

旬刊福利厚生 No2279 2019.9.10 (201353778)

旬刊福利厚生 No2280 2019.9.24 (201353802)

先見労務管理 No1614 2019.8.10 (201353869)

先見労務管理 No1615 2019.8.25 (201353896)

先見労務管理 No1616 2019.9.10 (201353927)

 

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「ライブラリー・リソース・ガイド」最新号に当館の記事

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 今年9月で会社創業10周年を迎えられた「アカデミック・リソース・ガイド株式会社」が発行する図書館専門雑誌『ライブラリー・リソース・ガイド』最新号(28号)に当館の記事が掲載されました。
 「猪谷千香の図書館エスノグラフィー」という連載第11回の記事です。
 いがや・ちかさんは新聞社勤務の後にフリーライターになり、最近では弁護士ドットコムのニュース記者として活躍中。これまでに多くの図書館関係の記事や単著を上梓されています。
 そんな猪谷さんに館長・谷合がエル・ライブラリーの書庫を案内して資料紹介をした記事が、掲載されています。
 バザーや寄付で賄う図書館運営の厳しさもインタビューで語りました。
 エル・ライブラリー開設の立役者である、「館長よりえらい館長補佐・ちもとさわこ」のことも。
 この号は奇しくも「民間公共の系譜」という特集号です。アカデミック・リソース・ガイド社が創業10周年を期して渾身の特集を組んだだけあって、読み応えたっぷりの号です。当館も民間公共図書館の一つですから、その特集号に掲載してもらえたのも何かの縁かと考えています。

 なお、この号を当館内にて特価で販売中です。税込み定価2750円のところ、2200円! 当館メルマガ読者には抽選で3名のかたにプレゼントします。無料メルマガ受信希望の方はフォームからお申込みください。

 ※2019.10.26追記:上記読者プレゼントは終了しました。ご応募ありがとうございました。

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