「新しい階級社会 新しい階級闘争」

 先週に続いて、「図書寄贈のお願い」コールに応えてくださったkuriyamakoujiさん(http://d.hatena.ne.jp/kuriyamakouji/20090810/p1)からの寄贈本を紹介します。


新しい階級社会新しい階級闘争  橋本健二著 2007年


 タイトルには「階級社会」「階級闘争」という言葉がならんでいますが、現代日本の状況を、伝統的な階級概念に押し込むのではなく、現代社会の格差をきちんと分析し、そこから、旧来の階級概念を超えて、現代の日本社会の新しい階級社会論、新しい階級闘争論を展望しようとする本です。

 格差についての議論が活発ですが、本書で著者は、政治家、経営者らが繰り返してきた「格差は存在しない、たいしたことない」という言説を検証、批判し、さらにそこから、格差論争は、形をかえた階級闘争そのものであるととらえています。ブルデューの「階級が存在するかしないかということは、政治闘争の主要な争点のひとつである」という説をひきながら、「格差は拡大しているという見解と拡大していないという見解、格差の是正が必要だという見解と必要ないという見解が、それぞれに『科学的』あるいは『統計的分析』などと称して争っている。それはすでに、明らかな階級闘争なのである」と述べているのです。

 現代日本における階級構造は、マルクスが想定したような資本家階級と労働者階級といった単純なものではありません。著者は、現代日本社会を「新しい階級社会」として、5つの階級に分類しています。資本家階級、新中間階級(被雇用者で管理職、専門職や、管理職につながるキャリアをもつ男性事務職員等、豊かな高学歴の階級)、旧中間階級(自営業者、農業、漁業)、正規雇用の労働者階級、アンダークラス階級(非正規雇用労働者等)にわけ、それぞれ特徴づけています。現代に特徴的なのは新中間階級とアンダークラスといえるでしょう。

 本書の前半で、格差論争そのものが、階級闘争だとの指摘がありましたが、後半、階級闘争論が展開されていきます。現代日本には、伝統的な階級闘争論が考えたような、例えば、マルクスが想定した、社会主義を目指すような労働者階級は存在しないし、またリプセットが指摘したような、労働者階級の利害を代表する政党も存在しない。「下流」の若者達は、多くの論者が指摘するように、ゲームやパソコン、趣味等の安価で楽しめる「ささやかな消費生活への耽溺」によって現実から逃避し、その結果、自分たちが「下流」に押し込められている現実が隠蔽されていくのだと述べています。

 では、階級闘争はもはや存在しないのか。著者は組合活動に励むとか、左翼政党の活動に参加するといった旧来の階級闘争とはちがった、さまざまな形態の階級闘争のありかたを模索していきます。著者のユニークな手法として、下層階級の怒りや抵抗の表出を、小説や漫画のなかに読み取って行きます。黒澤明の映画や、梶原一騎の漫画にみられる階級をめぐる葛藤。そして最近の漫画に見られる、階級闘争の「暴発、誤爆、自爆」。そして、それは現実に多発している通り魔殺人や野宿者襲撃、連続射殺事件などと、また、永山則夫ともオーバーラップさせています。

 また、映画「下町の太陽」の登場人物町子からは、「下町」とそこに生きる「労働者階級」を劣ったものとしてではなく、上流階級/下流階級という序列を否定することによって、人々が連帯する可能性、現状のままでの境遇を改善させる、という可能性を見いだします。さらに、それは「自己責任」言説によっていためつけられ「自分はダメなやつだ」と自分自身を否定して、どうしようもなくなっている若者が、自分自身を肯定することによって立ち直る可能性と結びつけているところなども興味深いです。

 では、新しい階級闘争の可能性はあるのだろうか。著者は、近年のネットワーク志向の非正規雇用、低賃金労働者のユニークな活動に注目しています。さらに今後、公務員がワーキングプア化していく可能性を指摘しています。このワーキングプア化した公務員が非正規雇用労働者の活動と連帯したときに、この運動は一気に活性化するかもしれないと予見しています。

 また格差縮小のための具体的な方策としては、非正規雇用、フリーターでもなんとか生活できる最低賃金の設定、そのために新中間階級の労働時間を短縮してワークシェアリングを提案しています。このことは新中間階級にとっては収入減になるが、それは新中間階級自身にとっても悪くない話だと説いています。「資本家階級に仲間入りして大きな富を手にするという、あまり大きくない可能性を信じて、この居心地の悪い境遇に耐え、引き裂かれ続ける道を選ぶか。それとも引き裂かれることを拒否し、アンダークラスとともに、より格差が小さく、転落のリスクも小さい社会を求めるか。いま日本の新中間階級は、岐路に立っている。それはもちろん、日本社会全体にとっても岐路でもある」
                      (担当:山口智

<追記>
 本書の著者、橋本健二さんよりトラックバックを頂戴しました。
 橋本先生、ありがとうございます。これを機に、日本一貧乏なエル・ライブラリーに新刊のご高著を寄贈いただければ幸いです(厚かましくてすみません)。
 著者のブログはこちら。http://d.hatena.ne.jp/classerkenji/