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『歳月は流水の如く』

次代を紡ぐ伝記資料紹介

    (姜在彦・竹中恵美子著/2003年青丘文化社/A5判206頁)

 在日韓国人1世の歴史家と女性労働研究の第一人者夫妻の自伝的講演に加筆修正した論文集。第1部は姜の講演録・論文と著作目録、第2部が竹中の退官講演録とインタビュー、研究年譜、というように二部構成で、夫妻共通のインタビューや対談部分はない。
 姜在彦は1926年韓国済州島生まれ。反李承晩的立場で学生運動や政治活動に従事してきたために、生命の危険から、朝鮮戦争勃発の1950年12月に日本へ密航。密航という非合法入国者が大学に入れるかどうかの関門については、名和統一教授に連れられて、当事の大阪商科大学の恒藤恭学長宅を訪ねたところ、「日本から解放された朝鮮人も、法的にはまだ戦前の日本国籍を離脱していない。講和条約が成立するまでは密航にはあたらない。実力さえあれば堂々と真正面から入れる」と、明快に見解を出されたと記されている(2002年のNHKラジオ放送で、「私が学者として何がしかの業績を残したとするなら、恒藤先生のこの一言が、私の運命を変えたわけです」と語っている)。
 講演録「体験で語る在日朝鮮人運動」は、在日朝鮮人運動に専念した過程における、当時の日本共産党の指導や朝鮮総連の方針等が歴史的記述として貴重である。1968年、政治的・思想的見解の相違と精神的葛藤のすえ、朝鮮総連を辞め、歴史家としての道を選んだ過程も淡々と書かれている。「わが研究を回顧して」は、歴史家としての研究軌跡の回顧であるが、朝鮮史研究の困難な道すじから、「在日」の世界をいかに生きてきたかの精神史がうかがえる。
著作目録」は膨大である。在野の研究者の業績とともに、全国のいくつもの大学で”非常勤講師稼業”を続けて、朝鮮研究の?種を播く人?の役割を果たした記述も興味深い。
 姜在彦の活動には、朝鮮近代史研究のパイオニアとしての側面と同時に、在日朝鮮人の言論人としての側面がある。その主な言論誌として、1975年2月に創刊、1987年5月に終刊した季刊『三千里』(全50号)および、その継続誌としての季刊『青丘』(1989年8月〜1996年2月までの全25号)の編集委員として、それぞれの毎号に寄稿しているが、それらの経緯と苦労も綴られている。   
 2人は1951年に旧制大阪商科大学で知り合い、竹中は、朝鮮人差別の厚い壁を前に、自ら実家から「勘当」、自分ひとりの戸籍をつくって、事実婚の道を選んだ。
 第2部は、竹中恵美子の大阪市立大学経済学部退任記念講演とインタビューが中心。
竹中は、1929年岐阜県生まれで、大阪の堺市で小学校時代を送る。女性労働研究の第一人者としての実績は、「年譜」「著作目録」で十分知りうるが、退官記念講演「女性労働研究の現在―40年を振り返って」では、研究を始めた1950年当時、賃金の男女格差も家族制度も、封建的な遺制との結びつきでしか論じられていず、近代家族が性役割分業を内に含む家父長制家族である認識がない中で、彼女は市場・生産の領域だけでなく、生命を再生産していく家族・再生産領域とをトータルに捉えて分析する視点が、女性労働研究の一貫したモチーフだと述べている。1980年以降の女性労働研究の新しい視点、日本的経営と性別分業の構造的把握のもとに、家事労働(アンペイドワーク)の社会的評価を論じている。退官にあたって、若い次世代に対し、「持続する志をもって」「風当たりが強いのは前に進んでいるという証拠なのだ」「向かい風に向かって進んでいくことに、生き甲斐を感じる人生を」というエールで結んでいる。
 井上理津子によるインタビューでは、大阪市立大学経済学部初の女性教員から、公立大学初の女性学部長、退官までの、研究者として、妻・母親としての葛藤がさりげなく引き出されている(2人の「著作目録」「朝鮮史関係著書目録」「年譜」あり)。
 なお、2009年10月に、『竹中恵美子の女性労働研究50年―理論と運動の交流はどう紡がれたかー』(関西女の労働問題研究会との共著/ドメス出版)が刊行されている。(伍賀偕子)

<エル・ライブラリーが所蔵する姜在彦・竹中恵美子関係文献>

在日韓国・朝鮮人と人権 大沼保昭,徐龍達編  有斐閣  2005 
歳月は流水の如く 姜在彦,竹中恵美子著  青丘文化社  2003 
朝鮮近代の風雲誌 姜在彦著  青丘文化社  2000 
金日成神話の歴史的検証 姜在彦著  明石書店  1997 
「在日」からの視座 姜在彦著  新幹社   1996 
日朝交流史 李進煕,姜在彦著  有斐閣  1995 
満州の朝鮮人パルチザン 姜在彦著  青木書店  1993 
ソウル 姜在彦著  文藝春秋  1992 
在日韓国・朝鮮人 姜在彦・金東勲著  労働経済社  1989 
体験で語る解放後の在日朝鮮人運動 朴慶植,張錠寿,梁永厚,姜在彦著  神戸学生青年センター出版部  1989 
玄界灘に架けた歴史 姜在彦著  大阪書籍  1988 
朝鮮の歴史と文化 姜在彦著  大阪書籍   1987 
朝鮮近代史 姜在彦著  平凡社  1986 
街道をゆく 28 司馬遼太郎著  朝日新聞社  1986 
在日朝鮮人を語る 飯沼二郎編著  麦秋社  1984 
在日朝鮮人を語る 飯沼二郎編著  麦秋社  1984 
在日朝鮮人の日本渡航史 姜在彦[著]申京煥君を支える会編  申京煥君を支える会  1976 
海游録 申維翰著;姜在彦訳注  平凡社  1974 



竹中恵美子の女性労働研究50年 竹中恵美子, 関西女の労働問題研究会著 ドメス出版 2009.10 変革期に生きる女たち 竹中恵美子著;伊田久美子対談 ウィメンズブックストアゆう 2008 戦後女性労働基本文献集 第9巻 藤原千賀,武見李子編集;原ひろ子監修 日本図書センター 2005 竹中恵美子が語る労働とジェンダー 関西女の労働問題研究会,竹中恵美子ゼミ編集委員会編 ドメス出版 2004 歳月は流水の如く 姜在彦,竹中恵美子著 青丘文化社 2003 労働とジェンダー 竹中恵美子編;宇仁宏幸[ほか]著 明石書店 2001 ゼミナール共生・衡平・自律 関西女の労働問題研究会編 ドメス出版 1998 大阪社会労働運動史 第7巻 大阪社会労働運動史編集委員会編;中岡哲郎,竹中恵美子,熊沢誠監修 大阪社会運動協会 1997 個人と共同体の社会科学 西村豁通,竹中恵美子,中西洋編著 ミネルヴァ書房 1996 女性論のフロンティア 竹中恵美子著 創元社 1995 竹中恵美子編『グローバル時代の労働と生活〜そのトータリティを求めて』[書評] 北明美[著] 花園大学 1995 労働力の女性化 竹中恵美子編久場嬉子編 有斐閣 1994 グローバル時代の労働と生活 竹中恵美子編著 ミネルヴァ書房 1993 ゼミナール女の労働 関西女の労働問題研究会編 ドメス出版 1991 新・女子労働論 竹中恵美子編 有斐閣 1991 戦後女子労働史論 竹中恵美子著 有斐閣 1989 女子労働論 竹中恵美子編 有斐閣 1983 私の女性論 竹中恵美子著 啓文社 1985 婦人労働とILO看護婦条約 竹中恵美子〔ほか〕編著 労働教育センター 1978 婦人の賃金と福祉 竹中恵美子著 創元社 1977 
現代の婦人問題 竹中恵美子編著  創元社  1972 
現代労働市場の理論 竹中恵美子著  日本評論社  1969 
女のしごと女の職場 竹中恵美子著西口俊子著  三一書房  1962