『女の本屋(ウィメンズブックストア)の物語』

 1982年日本で初めて女性問題専門書店「ウィメンズブックストア」を創めた、中西豊子の個人史であると同時に、日本のフェミニズム運動の歴史を知ることができる書でもある。
 中西豊子は1933年京都市生まれで、高校・大学もその後の幅広い活動の地も京都である。少女期の戦争体験や敗戦で歴史の価値観が変わる原体験は、後の活動に大きく影響した。

 大学卒業と同時に8年つき合っていた従兄と結婚し、2人の子を産み育て、平均的な“専業主婦”生活を送るが、何か物足りないモヤモヤした中で、朝日新聞「ひととき会」に投稿したり、旺盛な読書力で、フェミニズムに出会う。
 1972年、京都の町家を店舗に再生した書店を開業、40歳の出発だった。1982年日本初の女性問題専門書店にリニューアルして、「ウィメンズブックストア」を創める。フェミニズムの書籍がようやく出始めた頃で、リストアップ化の苦労も大変だったことがうかがえる。組織者としての中西の発想とパワーで「ウィメンズブック友の会」の発足、情報誌『ウィメンズブック』の発行を通して、この書店が女たちのスペースとネットワークの重要な拠点となる。この頃ようやく「生涯学習」が言われ始めた頃で、女性センターはまだ各地になかった時代である。
 1984年初めて開かれた「国際フェミニスト・ブックフェア」にロンドンまで単身出かけ、2回目にはブースを持つというように、書店経営にとどまらず、世界のフェミニズム運動を視野に多くの人々と出会い、多彩な企画や編集等へと次々に事業を広げていった。ウィメンズブックストアは日本女性学会の事務局であり、「女のフェステイバル」の企画本部であり、自分たちで出版したい書の編集部であり、集会所であり、駆け込み寺へと進展する。女たちの躍動感に思わず引き込まれる。
 本書の構成は、女の本屋物語にとどまらず、上野千鶴子氏が巻末の解説で、「個人史と日本のフェミニズムの歴史を一筋の太い縄のようにないあわせた作品」と述べているように、中西自身の事業(=活動)展開そのものが、ウーマン・リブからフェミニズムの日本における展開の重要な時代を証言している。
 1984年ボストンで発行された”Our Bodies Ourselves”が、1988年女たちのネットワークの力で『からだ・私たち自身』として翻訳出版され、中西はそのプロデューサー役を果たし、この本は、国際的な女性と健康運動の先駆けとなった。
 足掛け5年をかけて編纂した『資料 日本ウーマン・リブ史』全3巻は、リブ運動の中に生きた女たちの生きざまと膨大な「原資料」の貴重な書となった。気の遠くなるような編纂作業と採算上引き受け手のない出版までの、中西と編者3人の根気と迫力が伝わる。この貴重な「原資料」は、ドーンセンター情報ライブラリーに寄贈され、誰もが閲覧できる。
 「ウィメンズブックストア」は、1994年、大阪府立女性総合センター(ドーンセンター)のオープンと同時に京都からここへ移転し、2001年には後継者も運動の中で見つけてバトンタッチする。
 第2部は、彼女の個人史で、どこからこのようなバイタリティーと豊かな個性が培われたのかを知る上できわめて興味深い。パートナーとの「出会いと別れ」は淡々と語られているが、パートナーの最後の著書となった『文字に魅せられて』(中西亮著/同胞舎出版/1994年)に結実するまでの過程は、別の物語として記録に残したい内容である。「中西亮文字コレクション」全容は国立民族学博物館のサイトで公開されている。(伍賀偕子)

<書誌情報>
女の本屋の物語(ウィメンズブックストアものがたり) / 中西豊子著. ウィメンズブックストアゆう, 2006 ドメス出版(発売)