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『20世紀の片隅で 労働運動40年』 松井 勇(蔕文庫舎)

 全国税労働組合の労働運動をスタートに、敗戦直後の労働運動の真っ只中を走りぬけ、解雇後、自治労奈良県本部書記から書記長・委員長に選出され、奈良総評事務局長、連合奈良会長、奈良県労働者福祉協議会(労福協)会長を務めた、労働運動ひとすじの40年を綴った自伝。
 非正規労働者・ワーキング・プアーがどんどん増え、正規雇用の企業内労働組合の社会的影響力の翳りを誰もが指摘するなかで、大単産出身の委員長・会長というトップを走ってきた人の自伝など、あまり興味がないという人が多いかもしれない。だが、本書は、戦後日本の労働運動・社会運動の高揚と歴史、その局面局面を筆者がどのように感じてたたかい、何を学んだかを、歴史の検証も踏まえて、自分自身の言葉で語る、労働運動史のテキストとして次世代に読んでほしい一冊である。 
 1933(昭和8年)10月大阪市東成区で生まれる。疎開先の三重県志摩郡(現鳥羽市)で敗戦を迎えたが、敗戦を知ったのは、数日たってのことであった。夜間高校を出て、国税庁税務講習所を出て、大阪南税務署に配属される。当時税務職場は肺結核患者が多く、筆者も入院生活を送り、1955年職場復帰。闘病中に小林多喜二の『蟹工船』を読み、「新しい世界が拓けそうな想い」がして、療養生活を見直したと。職場復帰後、敗戦直後の労働運動高揚のなか、全国税労組の役員として労働運動のスタートをきる。しかし、国家権力の組合攻撃のもとで国税労使の関係がくずれ、組合分裂も経て、1964年解雇同然に全国税を追われる。この時期の日本共産党労働組合の関係のあり方や、戦術方針についての筆者の疑問も提示されている。同時に、60年安保闘争や三井・三池闘争の経験も語られている。
 1965年10月、師と仰ぐ大森誠人氏らの推薦で、自治労奈良県本部の書記に採用される。
 32歳の再スタート。県本部と言えども、当時はいくつもの単組がまだ未結集の弱小組織であり、専従者も役員を含めて3名という状況のなかで、町から村へ、組合づくりや加盟拡大の戦略を次々と考案し、現場に飛び込んでいく、中でも、現業労働者のたたかいを組織する過程で現場の心をつかんでいく実践は、未組織労働者に、組合に目を向けるようにするための示唆が示されている。
 字数の関係で、奈良県総評や連合奈良、奈良県労福協での活動の紹介は省くが、どの局面でも、松井氏ならではの足跡を残している。
 本書を通して、心に響くもう一つのことは、仲間・同志というべき人々との豊かな交流である。40年の人生の中で、多くの友との出会いがあり、それを大切に深めてきた歩みは、この自伝を「労働運動物語」としてだけでなく、その生きざまをぜひ次世代に伝えたい。
 とりわけ、師と仰ぐ大森誠人氏は、関西の労働運動に理論的思想的影響力が大きく、多くの著書だけでなく、存在感の大きな思想家であるが、晩年数度の脳腫瘍手術で苦しい闘病生活を送られたが、その夫人大森英子さんも含めて、最後まできめ細かな支援・交流を続けられたことには、深い感銘を受ける。(伍賀偕子)