レフト〜資本主義と対決する労働者たち

  • 大庭伸介著『レフト〜資本主義と対決する労働者たち 論集■左翼労働運動の総括と展望』2012年、私家版

 著者は、「1989年12月、静岡県労働組合評議会(静岡県評)が解体されたとき、静岡県評書記であった私は不当解雇された。帝国主義的な労働戦線の再編成を阻止するために行動したことに対する処分である。総評及び全国の地県評・地区労のオルグ・書記のなかで、「労線統一」に反対して解雇されたのは、恐らく私一人であったと思う」と自己紹介。
600頁余に及ぶ大部な論文集は、半世紀もの間労働運動に携わっていた著者が、各誌に発表したものが集約されている。副題にあるように、著者の立ち位置は「左翼労働運動」で、「左翼労働運動」を、<帝国主義と対決し、帝国主義を打倒する労働運動>さらに<帝国主義に奉仕する労働運動=「連合」を打倒する労働運動>と規定している。
この論文集を刊行するにあたって、「はじめに― 若い人たちへ」と書きおろされた序文に、
著者が伝えたいメッセージが凝縮されているので、その見出しを列挙する。

  • 「私たちは九九%だ」「一%が富を独占するのはおかしい」
  • 一握りの金持ちが社会を私物化し、九九%の人びとが抑え込まれているのはナゼ?
  • 相手のつくった土俵や既成の枠組みに依存せず、体を張った大衆行動で勝利をつかもう
  • 先輩の闘いは教訓の宝庫です。成功や失敗の原因をさぐり、みんなの共有財産として、これからの運動に生かしていこう
  • 資本主義そのものに闘いを挑む新たな労働運動・民衆運動の発展は、これまでの<革命>運動の病巣を摘出せずにはおきません
  • 労働者・民衆を解放する運動は、圧倒的多数者による自立的な運動です

目次は、以下の通りである。

  1. 連合=<帝国主義労働運動>との対決
  2. 左翼労働運動の歴史的検証と総括
  3. 日本革命と天皇
  4. 『浜松・日本楽器争議の研究』をめぐって
  5. 岸本健一著『日本型社会民主主義
  6. 左翼労働運動の「卓越したオルガナイザー」三田村四郎についての研究ノート

 労働戦線の「再編統一」の動きは、1989年の「連合」誕生以前から何度かの節があり、資本の側が、思惑通りになる労働組合運動を画策するのは常である。「連合」が誕生して、四半世紀近くたっており、「総評」も知らない若い人たちにとって、「連合=帝国主義労働運動」の規定がどれほど説得力があるか疑問である。
 静岡県において、「静岡県評解体・連合結成阻止」のために、「体を張って闘った」グループの運動の記録は、著者自身が指摘する「左翼に内在する弱点」の指摘も含めて、貴重な記録である。ただ、本書の後半の歴史研究の章に比して、「連合」運動への規定については、史実についての引用文献等の丁寧な実証が不足している感が否めず、著者がメッセージを投げかけている「若い人たち」の理解と共鳴がどれほど得られるだろうか。
 改憲勢力が伸長している現在、実証性を欠いたままの「帝国主義労働運動」という規定では、亀裂を広げるばかりで、味方の戦線をどう広げていくかの視点からの批判が求められているのではないだろうか。
 著者は、1980年に『浜松・日本楽器争議の研究』(五月社)を出版している。1926年の日本楽器争議は、「戦前日本の左翼労働組合運動の典型的争議」とされているが、本書4章では、出版後の反響を踏まえて、105日間の大ストライキ(当時の長期争議のレコード)が、天皇制権力の大弾圧下とは言え、何故敗北したのかを考える視点を提起している。
 6章の「三田村四郎」についての研究ノートも、「階級闘争の裏切り者としてその生涯を終えた」人物だけに対象化した史料が少ないなかで、「好悪の感情を超えて」「今後の運動に資すべき教訓点をさぐりたい」とする試みは、歴史を紡ぐうえで希少価値が高い。
 著者の言葉を引用すれば、「三田村は、起伏にとんだ遍歴の末、完璧なまでに資本の走狗になり果てた。彼ほど判りやすく変節・転落し階級闘争を裏切った例も少ない。」だが、変質した労働組合幹部は現在も存在し、彼らに共通するのは、「国家権力および大衆との緊張関係を喪失した」がためである、と結んでいる。(伍賀偕子)