エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)

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日韓企業主義的雇用政策の分岐

『日韓企業主義的雇用政策の分岐―権力資源動員論からみた労働組合の戦略』安 周永(あん・じゅよん)著、ミネルヴァ書房、2013年

 ★書名は固いが、展開は非常に具体的・実証的でわかりやすい

 著者は韓国出身の経営学士・政治学士で現在京都大学法学研究科助教の法学博士。
本書の目的は、1998年から2007年までの日本と韓国における雇用政策の転換の違いを分析し、その違いが生まれた要因を明らかにするところにある。その要因を労働組合の在り方に求め、今後の日本の労働政治の方向性を探ることにある。
 長期雇用、年功賃金制度、企業内職業訓練制度が両国とも崩れつつある。両国は共通して、内部労働市場と2次的労働市場の格差が大きく、2次的労働市場から内部労働市場への移動が困難であり、正規労働者と非正規労働者、大企業と中小企業の労働者、国内労働者と外国人労働者間の格差が先進諸国の中で特に大きかった。
 このような状況下で、90年代末以降、労働市場改革や雇用政策の転換が進められた。それは、労働市場規制緩和による企業負担の緩和や雇用創出をめざすという主張と、2次的労働市場の労働者を保護する法改正の必要性の主張とが、真っ向から対立する中での展開であった。その展開を、(1)労働者派遣法、(2)非正規労働者の差別禁止に関する法規制、(3)雇用保険法、(4)外国人労働者政策の4分野の章立てで、極めて具体的に比較分析している。その結果、両国における雇用政策変化の相違は大きいと結論付けている。

◆韓国では、経営側の後押しを受けて、労働市場規制緩和が進んだものの、限定的な自由化に止まり、派遣労働者に対する雇用義務制度や有期契約社員に関するみなし雇用制度が導入され、非正規労働者への差別に対する罰則も加えられた。雇用保険法改正でも、給付額・日数が増加し、資格要件も緩和された、また、外国人労働者の産業研修制度が廃止される一方で雇用許可制が導入され、外国人労働者の権利保護が強化された。

◆日本では、派遣労働に対する徹底的な規制緩和、有期契約雇用の雇用期間の延長などが行われ、2次的労働市場に関する規制緩和が大幅に進んだ。パートタイム労働者に関する再規制は行われたものの、規制は努力義務にすぎず、実効性は乏しい。雇用保険においては、給付額の削減や失業認定の厳格化され、失業給付を受ける失業者の比率は下がる一方だった。また、外国人研修・技能実習制度は継続し、公認されないまま単純労働者の受け入れが行われるため、外国人労働者の権利が十分に保護されていない。
⇒ つまり、韓国よりも日本の方が労働市場規制緩和がより進んだ一方で、労働者保護に対する再規制は日本よりも韓国の方で進んだ。

 このような両国の違いが何故生まれたのかを、著者は、サブタイトルにあるように「権力資源動員論」という分析枠組に依拠して、「労働組合の戦略行動」が決定的に重要だと規定している。「権力資源動員論」は、労働組合や左派政党の強さによって、福祉国家の発展の相違を説明する理論である。コルピがこの理論の創始者であるが、労働組合と左派政党の強さの相違によって、先進諸国の福祉国家の相違を分析したのである(Korpi1978)。労働勢力の強さは労働組合の組織率や左派政党の議席数を意味するだけでなく、労働勢力の戦略から発生する影響力も権力資源動員の重要なポイントである。

 本書では、政治構造や経済状況が類似している日本と韓国において、労働組合の権力資源動員の相違こそが、両国の雇用政策の決定的な相違を生じさせたと結論づけており、上述の4分野ごとに「労働組合の実際の対応と政策」を具体的に比較検討している。
 両国とも企業別労働組合中心の労働運動の問題点を認識しているが、その克服の取組み方は違っている。日本では、依然として企業別労働組合に安住する傾向が強く、中小企業・非正規・外国人労働者の待遇改善に取組む姿勢は弱い。韓国では、労働組合が対等な労使関係を築くために、既得権を捨てて非組合員や多様な社会勢力の利益を反映する運動が展開されている。その結果、韓国において労働組合は影響力を強め、法改正において非正規労働者と正規労働者の格差が緩和される傾向がある。さらに、労働組合と政党の関係が不安定な日韓両国において、労働組合の戦略次第で社会的提携の形成状況や政策過程での労働組合の影響力は変化する。労働組合が企業外に向かって取組みを行い、その社会的存在意義を再確認することが問われていると、結ばれている。

 書名が難いので敬遠されるかもしれないが、展開は非常に具体的・実証的でわかりやすい。「希望のバス」運動に見られるように、韓国の労働運動と市民との連携が見事に花開き広がっているのに感銘を受けた方々が多いと思うが、本書はそのような運動を形成できる
国労働運動の「戦略」が理解できる書である。(伍賀偕子)