『水平社宣言の熱と光』

 今なお輝く格調高き「水平社宣言」。発表当時、英訳もされた「宣言」の影響を語る

  • 水平社宣言の熱と光 / 朝治武, 守安敏司編(解放出版社)2012年

 本書は、編者の朝治武(あさじ・たけし、大阪人権博物館学芸員)、守安敏司(もりやす・としじ、水平社博物館館長)に加えて、駒井忠之(水平社博物館学芸員)、手島一雄(立命館大学講師)、本郷浩二(世界人権問題研究センター研究員)ら5名による執筆であり、水平社創立90周年(2012年)記念にあわせた刊行である。
 1922(大正11)年、全国水平社創立大会が京都で開催され、あの格調高い「水平社宣言」が採択されたことは、社会・労働運動に参加している人々の周知のところであり、その歴史的意義を研究・解説した書も、多くある。
 それらの中でも、本書の特徴は、「全水創立宣言の思想を歴史的にアプローチした」ものである。「現在という到達点や特定の立場から価値判断を加える」のではなく、「歴史的文書もしくは歴史的史料は、その時々の時代における妥当性が歴史的に論じられるべきである」という考え方から、その歴史的意味を問うている。
 第1章「水平社宣言への道程」では、水平社創立以前の融和運動から部落民の立ち上がりと思想形成を探り、「宣言」の成立にいたる道程を述べている。
 第2章「水平社宣言の歴史的意義」では、起草者=西光万吉と添削者=平野小劔という視点から、「宣言」の思想的核心として部落民意識と人間主義を指摘し、「宣言」がもたらした部落問題をめぐる歴史認識の革新と「宣言」の行方に迫っている。
 拡張高い「宣言」が組織文書であるには違いないが、従来その起草者は西光万吉であるとされてきた。「西光が醸し出す文学青年および芸術青年の雰囲気が水平運動の精神を語るにふさわしい高潔な人格として多くの人々から尊敬の念を集め」、西光の思想や人格を通して、「宣言」が語られてきた。しかし、歴史家井上清が、「宣言」文は、平野小劔が前年の1921年に書いた「民族自決団」の檄と似ていると指摘したのを受けて、西光自身が平野小劔の「大添削」を受けたことを認める後日の文書もあり、起草者=西光万吉と添削者=平野小劔という見解を証明する史的研究も詳しく展開されている。この見解はいくつかの類書でも認められるようになっている。
 創立大会直後に開かれた各府県代表による協議会では、賤称とされている「特殊部落民」という用語が「宣言」だけでなく、「綱領」でも使われていることに対して削除を求める意見が出され、大きな議論になった。部落民衆が「特殊部落民」という用語を使うことによって部落差別への闘いの意思を表示し、さらに「特殊部落民」が尊称となるような部落解放を実現していこうとの主張でまとめられたとされている。差別的な身分名ではなく、歴史的な経緯をふまえて現実的な存在を明確にするために、「エタであることを誇り得る」で統一が図られた。「特殊部落民」といい「エタ」といい、これらは自覚した部落民衆を意識面で支える部落民意識の現われともいうべきと、筆者は述べている。
 ひとつ興味深い筆者の指摘として、「宣言」で「産業的殉教者」を「男らしき」という表現で強調し、それと連動して、「宣言」で3回にわたって使われている「兄弟」という部落民衆に対する呼びかけについて、筆者・編者は ―「男らしき」とともに、女性が視野に入らず男性にのみ限定した、つまり今日的な評価からすると、いかにもジェンダー意識に欠ける表現であったといえます― と断言している。
 このことは、全国水平社創立の翌年1923(大正12)年の第2回大会で「婦人水平社」設立が決定され、続いて第3回大会でも、「婦人水平社の発展を期するの件」が提案可決され、全国的に「婦人水平社」という自前の組織をつくって、女性自らの力で未来を切り拓かうとした歴史的な意義とその軌跡の検証を待ちたい。
 第3章「水平社宣言―受け継いだこころ・伝えた魂」では、「宣言」に影響を与えた思想と「宣言」が影響を与えた思想や運動を明らかにしている。民族自決や人種差別撤廃案などの国際的動向、在日朝鮮人や朝鮮の白丁(ペクチョン)、在阪沖縄人(ウチナーンチュ)、アイヌ民族ハンセン病回復者など、国内外の被差別民衆との関係を中心に追っている。
 第4章「水平社宣言のインパクト」では、「宣言」が水平社運動自身のみならず、メディアや労農運動、社会主義運動などにどのように受けとめられたか、そして、部落民にもたらした様々な影響を解明している。
 第5章「海外からみた水平社宣言」では、当時の植民地朝鮮、ソビエト、アメリカ、イギリスの著名な新聞における報道を紹介し、特に「宣言」の独自な用語がどのように英訳されたかを通して、海外での理解の特徴を明らかにしている。海外メディアで最も早かったのは、朝鮮の『東亜日報』で、水平運動を、日本の革新運動の「先烽」だと解説している。また、ソビエト連邦の『プラウダ』(共産党中央委員会日刊機関紙)では、「日本の『エタ』たちの運動」「日本の虐げられた民の目覚めと幾多の下層民の闘争」と題して、水平社創立を解説している。ニューヨーククロニー、イブニング、タイムズの3紙は、日本における初めての「人権宣言」だという見出しをつけていたそうである。
「宣言」の「最も感動的な箇所であり、要とも言える」「人の世に熱あれ、人間に光あれ」は「Let there be heat and light!」と、シンプルではあるが、この箇所については筆者が「画竜点睛を欠くといった感が拭えない」としている点が興味深い。また、2章で述べられた「兄弟」の英訳は、「Brothers and sisters」と紹介されているのも、比較として面白い。

「水平社宣言」をきちんと読んでない人はもちろん、感銘を受けた人、何度も読んだと思っている人たちも、本書の歴史的アプローチや解説・検証を読むことで、より一層の共鳴が得られることと思う。(伍賀偕子)