『仕事マンガ! 52作品から学ぶキャリアデザイン』

梅崎修著、ナカニシヤ出版 2011年7月

 現代はキャリアデザインの時代と呼ばれている。著者によれば、それは人生の道をデザインすることである。未来が不透明であるから、未来をデザインしたいという願望が競りあがってくる。このような願望が顕在化してきたのは、バブル崩壊後の1990年代以降だとしている。大学教員として、将来に不安を抱く若者に接するなかから、マンガを教材に、キャリアを、仕事観(感)を、そして自律を語っている書である。取り上げられているのは、52作品である。とりあげられているマンガ作品を読んでなくても、世間的には“負け犬”、“ダメ人間”とされている主人公に寄り添って、その仕事観(感)や、生きている意味を読み取っていく過程から、人に対する優しさがそこはかとなく伝わる書である。

 自律を学ぶとは、他人から与えられるものではなく、自ら発見するものではないかという著者の持論から、ノウハウだけのキャリア本とは違った発見に導いてくれる書である。
 その方法論として共通しているのは、「脱・学校空間」である。「教える―学ぶ」という一対多の関係ではなく、誰に対しても共通の答えではなく、答えを与えてもらうという受身ではなく、教室から学びを解放しなければならない、むしろ答えがないということを認識することが必要だと。一人で考えろと突き放しているわけではなく、学ぶためには他者が必要であり、先生でもなく、先輩でもなく、憧れの人でもない、上下の関係ではない他者との関係が、学びの気づきにつながるとして、「仕事マンガ」が教材に選ばれている。
 「仕事マンガ」とは、著者の命名であって、厳密な定義ではない。
 全体は6章で構成されていて、章ごとの前文には、含蓄のある著者の規定が述べられていて、その規定にもとづいて作品評が配置されている。各章の見出しを紹介すると以下の通りである。

  • 第1章 自律はどのように学ぶのか?
  • 第2章 仕事の語りを聴く
  • 第3章 職場ルールと個人のスキル
  • 第4章 ダメ、でもキャリア
  • 第5章 普通から学び、普通に働く
  • 第6章 社会の中のキャリアデザイン

 第1章では、キャリアデザインにおける理想としての「自律」の意味を問うているが、「半分はリスクに対する緊張や不安であり、半分は自分に対する前向きな自信である。この二つの感覚が均衡している心理状態を自律と呼びたい」と。自律には結果の個人責任がすべてという自己責任論と一緒に主張されるが、自律の本質を履き違えており、一方、社会責任論も制度やシステムばかり見ているので、感覚という自律の本質を覆い隠している―と。この章では9作品が取り上げられている。各作品は、社会の厳しさを伝えるものが多いが、厳しさを読むことが気分の落ち込みを生み出すとは限らず、眠っていた元気を目覚めさせ、自律の学びを引き出す。8番目の作品、福本伸行賭博黙示録カイジ』の主人公カイジくんは、借金まみれで大賭博を前にしてつぶやく。「こんな簡単なことに、ここまで追い詰められなきゃ気がつかねえんだから、本当に愚図でどうしようもねえ・・・!でも気が付いた・・・遅まきながら気が付いたんだ・・・耳を傾けるべきは他人の御託じゃなくて自分・・・・オレ自身の声、信じるべきはオレの力・・・!」これこそが自律なのだと梅崎は語る。

 第5章では、仕事マンガに描かれた、普通の人の普通の日常性をとりあげている。マンガという表現をえらんだ表現者たちの関心が日常に近いところにある。日常を見つめることは、逃れられない人間の条件を浮き彫りにする。これらの作品から「日常を戦場のように歩く態度を見つけてほしい」と梅崎は語る。若者たちが“自分らしい仕事”とよく語るが、仕事に個性や自己表現を求める姿勢に対して、梅崎は、業田良家自虐の詩』を対置している。元やくざのDV夫の面倒を見ながら働く幸江さんが主人公である。小学校時代から新聞配達のバイトをして家計を支えてきた彼女の日常の労働のなかに、「肉体労働とつながった幸せの実感」が描かれている。肉体は私の心につながっているという当たり前の実感が彼女を通して語られている。「幸や不幸はもういい、どちらにも等しく価値がある。人生には明らかに意味がある」と語られている。「この作品を読めば、労働の意味が生まれる不思議について考えることができるかもしれない。ぜひ、一読をおすすめしたい」と著者は語る。

 登場するマンガのほとんどを読んでいない人たちでも、朝日新聞四コマ漫画サトウサンペイフジ三太郎』(1965年〜91年)は何回かは目にしていると思う。梅崎は語る― この永遠のヒラ社員、お気楽な三太郎の存在は、社内競争にくたびれた時、嫌な上司に怒られた時、多くのサラリーマンを後ろから励まし続けた。私は最後尾のヒトに価値を見出したい。“新”と“上”だけが尊ばれる世界は生きにくい、精神のバランスが崩れた世界ではないか。前も大切だけど、ときどき後ろを眺める余裕が欲しい。働くことの精神的疲労感が高まっている現在こそ、「フジ三太郎」やその後継者たちの四コマ漫画は読み継がれるべきである―と。(伍賀偕子)


<書誌情報>
仕事マンガ 梅崎修著 ナカニシヤ出版 2011年7月