エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)

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『賃金・人事制度改革の軌跡』

 本書は、岩崎馨・田口和雄の2人の編者に加えて、5名の執筆者(青木宏之鈴木誠、鬼丸朋子、木村琢磨、前浦穂高)による研究会での討議を踏まえての共著である。主要産業における詳細な事例検証を重ねて、日本の賃金・人事制度がその再編の過程で、どのように変化しているかを分析し、将来の賃金・人事制度の展望を考える視点を示唆している。
 年功賃金と長期雇用システムを前提としてきた従来の賃金・人事制度に対して、1990年代以降の再編の特徴を、成果要素を重視した仕組みへの再編と捉えている。2000年代に入り、この成果要素を重視した賃金・人事制度再編による「弊害と副作用」を問題視した先行研究が重ねられてきた。それらの代表的な先行研究は、成果主義導入による人事管理の実態に焦点をあてて、人事改革の効果分析に力点がおかれていて、欧米先進国に共通する動きであることも指摘している― と、編者は評している。
 本書では、賃金・人事制度再編の実態を明らかにする「事例調査」を重視している。
そのために、日本の代表的な産業である鉄鋼産業,電機産業、化学産業、情報サービス産業等における主要企業における、賃金・人事制度の仕組みを丁寧に検討している。特定の企業事例だけでなく、複数の事例を通して、その再編の特徴を引き出しているのが、従来の先行研究を踏まえての、本書の特色である。
 第1の分析視覚としてあげているのは、等級制度、資格制度等と呼ばれている従業員格付け制度と賃金制度の仕組みへの注目である。これらの制度を、単独で形成されるのではなく、経営環境との関わり(その中には労使関係が重視されている)の中で検証している。そして、検証する対象者は、一般者(組合員)の制度である。
第2の分析視覚として重視されているのは、歴史分析である。現状分析にとどめず、「変化の大きさ」を長期的な歴史分析によって、複眼的に捉えることにある。
 本書の構成は、第Ⅰ部が、戦後50年の「歴史分析」、第Ⅱ部が1990年代以降の「近年の分析」に分かれて編纂されている。各章ごとに、緻密な産業別の事例検証が豊富な材料にもとづいて分析蓄積されており、各章ごとの「おわりに」では、本書の編纂方針による産業別の特色のまとめがなされていて、個別執筆者の綿密な実証分析の集約だけではない共通の問題意識と方向性が、研究会の集団討議の成果として表れている。終章での要約整理の論点がそれを示していると言えよう。
 要約すれば、近年の賃金・人事制度再編の動きは、それまでの人を基準においた賃金・人事制度の基本戦略から、仕事・市場を基準においたそれへの転換を受けた動きであり、賃金・人事制度を変える動きである。
 「能力要素重視の処遇→能力開発へのインセンティブ・積極的な教育訓練→競争力の維持・向上→経営業績の拡大・企業の成長」というサイクルが機能していた時代に対して、1990年代以降はこのサイクルが働かなくなった。市場のボーダーレス化に伴う不確実性の増大と高リスク市場の経営環境が今後とも続くとすれば、賃金・人事制度の今後の展望として、処遇の個別化を進める際の評価結果と処遇の結びつきについての「処遇の納得性・公平性」に配慮した慎重な対応が求められる、と本書は結んでいる。(伍賀偕子)

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賃金・人事制度改革の軌跡― 再編過程とその影響の実態分析 / 岩崎馨, 田口和雄編著. ミネルヴァ書房 2012