「歴史に灯りを」

『歴史に灯りを 言ってきたこと、やってきたこと、できなかったこと』小田康徳著、阿吽社 2014

 本書は、著者が2014年3月に大阪電気通信大学を定年退職された機会に、副題にあるように、「言ってきたこと、やってきたこと、できなかったこと」をまとめて上梓されたものである。

 A5判370頁の大部で7章の構成であるが、「日本公害問題史」を専門にした歴史学者らしく、第5章の「公害・環境問題史の継続」は、公害の定義から、近代日本における「環境歴史学」の展開、四大公害の歴史的な捉え方、そこでたたかってきた人びとの営み、そして、資料保存の意義や関わった地域史などが述べられ、自らと現実との関わりを踏まえた論考は、学ぶべきことが多い。

 「公害」とは、鉱毒や排煙によって地域の生産や暮らしが困難になること、これを指して「公益を害する」と言い、約めて「公害」と言ってきた。生産の規模が大きくなってくると、政府はその産業や企業の発展を指して逆に「公益」を図るものという評価を与えていく。ここに、二つの相反する「公益」が論じられ、被害者は国のいう「公益」の主張に沈黙を強いられることも普通になる。第二次世界大戦中から戦後の高度経済成長期に、この傾向が強くなる。

 近代の日本では、この「公益」とか「公」というキーワードによって、その行動が合理化され、合法化されてきた。その最たるものが、戦争であった。国民は「公」のために一身さえ犠牲にすべしという思想に押さえ込まれてきた。ところが、歴史的にみれば、地域住民も上の方で主張される「公」に対抗して自らの「公」をいたるところで主張していることも事実である。いたるところで敗北し、苦渋をなめながらも、自らの考える「公」を主張し、それが社会的に蓄積される中で、徐々に向上してきた人権意識と結合する中で、多くの市民に共感をもって受入れさせる。これが1970年前後の大転換へと結びつけたと著者は述べる。

 この時期の公害反対住民運動や世論の一大高揚は、歴史的な大転換であった。歴史学が変革を重視するというのであれば、平和な条件の下で実現したこの変革に注目しなければならない。著者は従来の歴史学が環境という視点を無視していたことに対する反省や批判から「環境史学」という視点が生まれたと言う。環境史学は、生産力発展のあり方を問題とすべきであると。
 弱者の生きる権利を守る思想の広範な確立、被害を受ける人々のくじけぬ精神力、多くの人びとの連帯、強者の横暴に対する怒りの広がり、こうしたものが、公害問題の解決を支え、1970年前後の住民運動と世論の爆発的な展開を支え、多くの法規や制度をつくった。いまは、「地球環境問題」の時代と言われるが、被害者や国民の声が環境重視という社会的価値観を生み出し、状況を切り開いてきた原点であった――と。
 巨大な生産力の実現を通して支配力を維持強化しようとする大都市大阪での体験が、自分の歴史研究の原点であると語る著者は、「自己の研究が現実の社会や生活と切り結んでいたものであった」ことはこの上もない喜びと感じていると結んでいる。
 その結びの通り、現実の社会や生活と切り結ぼうとする著者は、公害地域再生センター(あおぞら財団)付属西淀川・公害と環境資料館(エコミューズ)館長、NPO法人旧真田山陸軍墓地とその保存を考える会理事長などを務めて、その中から執筆された論文も数多く収録されている。戦争遺跡に対する捉え方も学ばされるものがあり、資料保存のための実際的な尽力の蓄積も収録されている。筆者が著者を知ったのも、民衆の反戦運動の中から生み出された平和資料館「ピースおおさか」の「再編」に対する反撃運動の中でイニシャティブを発揮しておられる場面であった。(伍賀偕子)