『徳さんの美学 関西労働運動の気風』

  ※本書は現在、書店で入手できません。エル・ライブラリー内で販売中。1冊2500円を特価1500円(税込送料込)で。お申し込みはlib@shaunkyo.jp までメールでどうぞ。

 まずは、徳さんとは、故山本徳二氏のことで、1927(昭和2)年12月に大阪市西淀川区に、8人兄弟の五男として生まれ、生涯共産主義者として、関西の労働運動の第一線で指導的な活躍をした人である。以下、「徳さん」で記す。

 本書は、1996年1月から、「徳さん」で通じる仲間や後輩たちで、「徳さんの関わってきたいろんな運動の記録を残そう」と座談会が重ねられ、その座談会記録に加えて、徳さんの手記・随想や論文集、同じ共産主義運動を志したゆかりの人たちへの追悼文、書評等が収録された読み応えのある書である。座談会開始から9年目の出版となった。

 「徳さん」で通じる、思想的にも実践的にもその存在感に魅了された人々による編纂だからか、徳さんのプロフィールをまとめた頁がなく、「座談会」の記録や手記から読み取っていくしかないので、日本共産党史などに興味のない人にとっては、本書にアクセスする機会を狭めているのではないかと、読み応えのある内容だけにおしい。

 座談会の記録には、丁寧な「編集者注」がつけられていて、戦後の日本共産党史の年表的な理解に役立つ。
 戦時中は、長兄が「左翼がかっていて」検挙され、「国賊の家」として白眼視されて、暗い苦しい青春時代だったが、8月15日敗戦を迎えて、「国体護持」とは何ぞやと自分自身で答えを出さねばならず、「兄の思想は勝った」のだと思った。そしてただちに入党。系統的な学習活動など組織されていない時代、マル・エン選集等を独学で読み、自分の頭と感性とで、真理を求めていくひたむきさが伝わる。

 書名が「徳さんの美学」とされ、冒頭の手記「戦後労働運動の中から」の見出しも、「敗北の美学か・・」と付けられており、本人による命名だろうが、「はじめに」で妹尾源市氏が「もともと共産主義者の運動は少数派であるが、徳さんの歩んだ道はその中の少数派であった。もとより徳さんとて求めて少数派になった訳ではない。彼の純粋な革命的良心が安易な妥協を許さなかったのだ。見逃してならない事は、この少数派は必ず近き将来、多数に転じるということである。しかも革命的に、である」と記していることが、書名のヒントだと思う。

1945年秋から50年にいたる「激動期」、「1日が10年にも20年にも相当する経験をさせてくれたこの時代の労働運動・・・こうした期間にはとくに指導する立場に立たされた党の戦略・戦術、革命的資質・根性というものが決定的でさえあった」と述べている徳さんの「純粋な革命的良心」は、ダイナミックな労働運動の現場にあって、党機関の「占領軍=解放軍」規定に対して、「帝国主義の軍隊がなぜ?」と率直な疑問を抱く、
大衆運動を第一線で守り抜くという使命感は、「党機関の独善的運営」への批判を、自分自自分の言葉で揺らぎないものに膨らましていく。

 そして、1961年日本共産党8回大会の「綱領論争」に対して、「離党にさいして」という声明を私家版・ガリ刷りで出すに至る。「幹部会によって巧妙に破られた組織原則を守るためにも、組織原則を犯さねばならぬという不幸をなげきつつ、党を離れる立場を選ぶという道を私はとりました」と。「あえて困難な新たな立場に身をおく」決断をした徳さんとその仲間たちの確信は、書名のサブタイトルにある「関西労働運動の気風」から培われた信念ゆえであろう。

 敗戦直後の激動期の労働運動の展開、「関西労働運動の気風」が徳さんの体験を通して、リアルに語られている。論文集「尼鋼闘争の問題点」「ハイタク労働者の春闘の結末」などは、学ぶべき豊かな内容が記述されて、歴史的資料としても貴重である。

 書店で入手できないため、エル・ライブラリーで販売するので、ぜひ学んでほしい書である。(伍賀偕子)

 編集・発行=山徳会 2004年12月5日(A版265頁)