『帝国に抗する社会運動 第一次日本共産党の思想と運動』

 黒川 伊織(2014年11月/有志舎)A判324頁

 著者は、神戸大学国際文化学研究推進センター協力研究員、桃山学院大学兼任講師で、本書は、2010年6月に神戸大学に提出された博士論文に、大幅な加筆修正がなされたものである。

 まず本書の研究対象である「第一次日本共産党」は、1921年4月に結成され、1924年4月頃に解党された日本共産党を指している。第一次日本共産党は、ロシア革命インパクトのもと、コミンテルン共産主義インタナショナル)の日本支部として成立した。にもかかわらず、その研究は、一国的枠組みのうちに閉ざされてきた。著者は、書名にもあるように、第1次日本共産党の思想と運動を「帝国に抗する社会運動」として捉え、この時期の左派の思想と運動を、国際的連関のうちに開き、朝鮮人・中国人とも協同しつつ帝国日本の支配秩序に抗おうとした運動の起点と捉える視座を提示するとともに、その言論活動が非合法党の地下活動にとどまらない広範な思想的影響力をもったことを実証的に明らかにしている。
 その実証作業が依拠する史料は、1991年のソ連邦の解体とソ連共産党の解散後に新たに公開されたコミンテルン文書のうちの日本共産党ファイルである。日本共産党ファイルには、もはや存在しないと考えられてきた日本共産党コミンテルンとの間の往復書簡や報告書といった第一級の第一次史料が豊富に含まれている。これまでの第一次共産党史研究が依拠した史資料が機関紙誌類や官憲文書、当事者の自伝・回想録等であったのに比して、この新出の一次史料に依拠した本書は、注目すべき実証的な研究を積んでいる。
第一次共産党史研究の先人である加藤哲郎一橋大学名誉教授の推薦の辞=「徹底した第一次史料解読によって、公式党史・通説も私の修正説も、本書によって乗り越えられた」が寄せられている所以である(表紙帯)。

 大部にわたる研究成果の意義を、著者自身が終章において述べている内容を要約すると以下の通りである。

1.コミンテルンとの関係を前提として第一次共産党史を実証的に描き直したこと
 たとえば、創立直後の第一次共産党の活動に中国人・朝鮮人学生が果たした役割、シベリアでの日本人印刷工の活動、第一次共産党と日本在留朝鮮人共産主義運動との連動、第一次共産党の執行機関としての役割を期待された在外ビューローの存在、関東大震災後に開催された第三回大会の意義やその後における在外ビューローと国内の新中央執行委員会との対立、第一次共産党が政治研究会の成立に果たした役割等。
これまで断片的にしか知られていなかったこれらの活動が、コミンテルンからの介入という契機を抜きには理解できないとしても、両者の間にはさまざまな軋轢がはらまれており、第一次共産党は帝国日本の支配秩序と向き合うなかから自らの道を切り開いていこうとしたことを本書は示した。そしてこのような描き直しにより、第一次共産党がのちの非合法共産党の源流であるばかりでなく、のちの合法無産政党の一源流でもあることを示した。第一次共産党の理論的指導者であった山川均が、のちに共産党を離れ、労農派・社会主義協会の指導者となったように。

2.帝国日本の支配秩序に対する抵抗として第一次共産党の運動を位置付け直したこと

3.唯物史観に基づく同時代社会の認識が成立してくる過程と、その認識に基づく変革の展望が形成されてくる過程とを、あわせて明らかにしたこと―

 最後に、「先人の運動経験を受けとめ、どのように歴史叙述のうちに位置付けていくのか、本書を出発点としながら、二〇世紀の日本で平和と平等を掲げて社会と向き合った無数の人々の生を受け止めつつ研究を深めていくことが、私のなすべき仕事なのだ」と著者は結んでいる。本書が明らかにしてくれた先人たちの峻厳なる営み、社会変革に挑む情熱に学びたいと思う。(伍賀 偕子)