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『新時代の「日本的経営」』オーラルヒストリー〜雇用多様化論の起源


八代充史・牛島利明・南雲智映・梅崎修・島西智輝編(慶應義塾大学出版会/2015年1月)370頁

 本書は、1995年5月に発表された日経連の『新時代の「日本的経営」―挑戦すべき方向とその具体策―』作成に実際に携わった人たち5名と労働分野1名へのオーラルヒストリーである。オーラルヒストリーで多いのはライフオーラルであるが、本書は特定の事象を検証するために関与した複数の人物に対するテーマオーラルである。

 日経連の当報告書は、「後世への影響力が大きく」多くの論評や報道がなされてきて、不安定な非正規雇用が増加する一方の状況に対して、経営側の企図・姿勢を問う時に、常に引用されてきた。本書のサブタイトルも、まさしく〜雇用多様化論の起源〜とされている。
 当報告書の前書は、1969年『能力主義管理―その理論と実践』で、「能力主義管理」を「概念として定着させた」後世に影響力ある重要文書であり、これについても、「日経連能力主義管理オーラルヒストリー研究会」が組織され、第1弾として刊行されている。本書はその第2弾である。第1弾の「日本的経営の基本理念」は「人間中心(尊重)の経営」「長期的視野に立った経営」とされている。一般に「日本的経営」とは終身雇用、年功賃金、企業別組合を中核とする人的資源管理のシステムとして知られており、70年代に入る直前にこのような「理念」を標榜していたとは意外である。

 当報告書の作成は、この2つの理念を踏まえて、経済成長と新技術開発、産業構造転換と企業のリストラといった課題に直面して、新たな展開を図る必要性から取り組まれたプロジェクトとされている。

 当報告書の原文を読んだことのない人も、「雇用ポートフォリオ」図表(上の写真)は何度も目にしていることと思う。本書も「一人歩きした」この図がどのようにして生まれたのか、作成当時の意図やその後の「活用のされ方」を中心にインタビューしている。加盟企業の人事がどんどん報告書を活用して、3万部も増刷されたそうである。
 興味深いのは、今日の非正規雇用の圧倒的増加を誘導したとされているこの図作成にあたっては、3つの雇用グループ間の移動を重視して、重なり部分を点線で表しており、それぞれの四角の面積も同じように描かれているが、当時の成瀬・日経連常務理事のヒアリングでは、7割強ぐらいが正社員で、他の2グループは合わせて20%以下という想定だったと語られている。しかし現実には、非正規雇用は、40%に迫っている(2013年総務省就業構造基本調査)。

 実際、文章化を担当した事務局スタッフへの(当時賃金労務管理部課長代理)聞き取りでは、

― 問い:先ほど「禍根」という表現を使われたのは、要するに、派遣の話が出てくるときに必ずこの報告書がレファーされて、日経連がそういう方向に誘導しようとしてこういう文書を出していたのだと、毎回、毎回、何かあるたびにほじくられるのはこの報告書のとりまとめに携われた方々の本意ではなかったと。選択肢として、こういうものもできますよということを提示したにすぎないということですね。
答え:そうです。―

 派遣労働の拡大について、成瀬常務理事の語り:「結果的に(この図の)活用が進みすぎて、違和感のあるところまで行っちゃったというのが現実ですから、この時代になってから(2000年代)取り上げられることが逆に多くなったというのは不幸な事実じゃないでしょうかね」に至っては、日経連報告書の「歴史的意味」がどのように認識されているかがうかがい知れる―()は筆者補足。

 そもそも「ポートフォリオ」とは、投資家に資金運用にあたって、リスクを回避するために運用銘柄を分散させる「組み合わせ」であり、このような投資銘柄の分散という方法を雇用形態に援用したものである。今後は、経営環境の変化に応じて“自社型雇用ポートフォリオ”の考えに立った対応が必要であると提言している。決して“総額人件費の抑制”が目的だったのではないと。
 しかし、当報告書発表の数か月後に、派遣対象業務の規制緩和が提起されている。メディアにおける評価の代表的なものとして、「企業が総額人件費を抑えられるとして非正規雇用を広めるきっかけとなった経営指針である」(東京新聞2013年7月13日朝刊)は、当報告書の評価が形成されていった典型と言えよう。(本書「解題」より)(伍賀偕子)