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人としての途を行く:回想細迫兼光

“細迫兼光(ほそさこ かねみつ)”。ぼくはこのお名前を知らなかった。読みすすんで、この人物が労農党の指導者として、戦後は社会党の領袖の一人であったことを識る。
 勝手に章立てなどして失礼だが、第一章「清く烈しく」は文字どおり、“人としての途を行った”その生涯、第二章「秘書がたり」は本書の編集・執筆の中心を担った元秘書による親しい観察、そして第三章「資料」(詳しい政党史・年譜・著作一覧)の三部構成である。

1章「清く烈しく」
 ’27年(昭和2年)、労働農民党の第二回全国大会が開かれた。壇上にいたのが一年前に書記長に指名された細迫兼光。代議員が全国からつめかけ、高まる熱気のなかで開会を待っていた。
“我等の絶えまなき闘争は我等の旗を鮮明に染めなしまして、政治的自由の獲得、これ我等の旗印であります。・・・・・・ 総ての人民に自由を与えよ、これ我等のスローガンであります。・・・・・・”『回想』はここから始まる。
 後に指導者細迫にたち戻るとして「二 目覚め」「三 東京時代」とその若き日々を追う。
 細迫は1896年(明治29年)、山口県厚狭郡(現山陽小野田市)に生まれた。家系は、毛利藩一門に数えられる家老の末裔、大地主である。
 小学校時代には、日本海海戦での東郷元帥に感動して直接手紙を書くなど“熱くなって行動を起こす”片りんが紹介され、山口中学時代には、岸信介が一年先輩で寄宿舎が一緒、その弟佐藤栄作が三年後輩、後に親のように慕い続けた河上肇は同中学一期生で20年先輩にあたることなど記されている。

 京都での三高時代は ’17年11月にはロシア革命、’18年に富山魚津に始まる米騒動の全国的広がりなど内外の激動期であり、’18年には学生労働者の組織“労学会”が結成され、同年東大での“新人会”結成にも影響を与えたとされている。
 三高2年、22歳のとき細迫は京都帝大・河上教授に講演依頼に出かけており河上の『自叙伝』にも、後の細迫の文章にもそのくだりが記されている。歴史的な出会いであった。
 ’19年東京帝大法学部に入学、程なく新人会に入会、終生の友となる小岩井浄もいた。
 “いつまでも理想をみつめて男々しく立っていられるように 凡ての人に同情を持ち、凡ての人の心になって見る事の出来る今の私が永久に生きているようにどうぞ私を護ってください  (一時十分)窓辺の雨の音を聞く”
 新鮮なそれでいて静かな決意を読み取ることができる当時の日記である。大学卒業直前のこの時期、父が「官吏」の道をすすめるのに対し立身出世の道を断つという「途」でぶつかっていたが、「自由法曹団」の創立者の一人である山粼今朝弥(けさや)の平民法律所に所属することとなった。そして二年後には小岩井浄に誘われて大阪へ転進することになる。大阪は工業生産額は日本一となり、 ’25年には人口も世界六位の大都市になろうとしていた。
 ここではじめに戻る。「一 もう一度、社会の改造を」ここでは“突然の書記長指名”から“戦後体制へ”まで、細迫自身とともに“高まる社会運動”とそれに対する“毒牙を振るう治安維持法”“山宣、倒れる”などが生々と記されている。細迫の郷里長州の先達、吉田松陰への傾倒も興味深いものがあるし、新聞・雑誌・日記等を活用した描写や掲載写真によって臨場感あふれる記録は資料的にも貴重である。
 そのうえで大正末期から昭和初期の五年弱のこの時代、その評価に欠かせぬ人物であり、その誠実な人間性が多くの人を惹きつけてきたにもかかわらず、自身が多くを語らなかったせいもあり、未解明な部分が多いとの編著者の著述にも肯ける。

 『回想』は、戦前の帰郷を追いながら(「地域の生活者に尽くす」)戦後へと移っていく。
 戦後初の総選挙後の衆議院本会議で細迫は新憲法に反対を表明する。その演説「議事録」(P139〜146)は、現在においてもその重要さを失っていないと思える。演説といえば、’64年の賀屋興宣法相に対する不信任案演説(P208〜211)。「賀屋を不信任するのに原稿がいるか!」と原稿なしで臨んだそうだが、戦前の軍閥の一人、賀屋法相への演説が、“最後の名演説”とされているあたりは、代議士細迫の面目躍如である。

第2章「秘書がたり」
細迫が秘書士に命じた仕事は「碁」であった。「僕の秘書になると碁を打ってくれたほうがいいなあ」「ハイ」。元秘書の原田輶峰氏が回想している。
 細迫の代議士としての最後の仕事は日中問題であったとされているが、’61訪中時の陳毅副総理との囲碁対決も国交回復・平和条約への肥しのひとつであったのだろうか。
 ’72年2月11日、細迫兼光は生涯を終える。因縁を感じる。
                                      

 本書は戦前の無産政党のあり様、以降も含めた共産党との関連等、今後の研究に資する貴重な『回想』である。
 “秘書がたり”に盛られたエピソード等もっと紹介したい思いは残ります。(湯川 恭)

<書誌情報>
人としての途を行く : 回想細迫兼光

<関連図書
 本書出版の同時期に、細迫兼光の長男が書いた『細迫兼光と小岩井淨 : 反ファシズム統一戦線のために』が刊行されています。こちらも合わせて寄贈していただきました。記して謝意を表します。