エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)

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社会問題の変容:賃金労働の年代記

 ロベール・カステル著, 前川真行訳

 今回からまた新たに寄贈本紹介を書いてくださるボランティアスタッフが増えました。樋口進さんです。樋口さんは京都大学社会学を学び、塾講師などを勤めたあと、現在は会社役員をされています。
 では、以下に紹介文を掲載します。

 
 本著は、前近代の西方キリスト教社会、近代以降は主にフランスの賃労働がたどってきて、現代直面している危機について、膨大な史実の分析の上に、現実的で透徹した「賃金労働の年代記(副題)」を編み上げた、記念碑的労作である。

 本著がカバーしている年代は、中世後期から1995年(本著出版時)直前という、類例を見ないスパンであり、社会構成体の規制=調整(レギュラシオン)の仕組み(またその失敗)として「扶助」「後見」「労働の自由」「雇用の不安定性」「貧困」「慈善」「企業内福祉」「社会国家の社会保障」「社会的余剰人員」「参入支援最低所得(RMI)=永遠の参入者」といった理論モデルで、対象を解明しようと試みる。
 中世後期まで、社会的凝集性の不安定要素となる貧民の「扶助」は、もっぱらキリスト教会、修道院の隣人愛の具現であった。しかし扶助を受けるためには「住所保持」と「労働不能」の二つの条件を満たさねばならなかった。中世末となると、農村でも都市でも家内工業が発達してくる。都市同業組合の職人たちは、賃金労働者でないが、将来親方となるべく、親方に養われるという「後見」関係にあった。農村に過剰人口をもたらした農村家内工業は、領主との伝統的後見関係にあった。

 18世紀以降、労働市場の存在を前提に、「労働の自由」が、現実のものとなる。契約により、労働を売り、その対価として賃金を得る「賃労働」が広がっていく。しかし、その影のようにつきまとう「貧困」をめぐっては、絶対王政でも革命後の政府でも「扶助」「慈善」のさまざまな枠組みで解決しようと、試行錯誤する。

 「社会国家」は階級闘争や慈善家の道徳を超越した「公権力による保護の仕組み」として19世紀末に現れる。それは労災、年金制度として、実現されていく。1930年代以降「賃金労働社会」と呼ぶべき社会が現出した。賃金ばかりでなく、疾病、労災、退職後にも種々の給付が用意され、消費、余暇など広範な社会生活への参加が可能となった。

 1970年代以降の長期不況、EU統合、国際競争の激化によって、賃金労働は危機に瀕することとなった。競争力をつけるため、企業が国内、国際両面でのアウトソーシング(下請け)に走るなか、雇用破壊は深刻である。フランスでは55歳から60歳までの間で、労働している割合は56%に過ぎず(時点不明)、職業証明書等を持つ若者でさえ、40%しか、それに見合った職に就けていない(1985年度)。政府は、「参入支援最低所得(RMI)政策」を15年、実施してきたが、ある年のRMIの受給者で、職を見つけることのできた者は、およそ15%に過ぎない。

 著者は、RMIは、職業資格の範囲を広げるだけで、受給者を「永遠の参入者」にしているだけで、抜本的な解決にはならない、という。
 「この世に用なき者」を生む、現代の賃金労働の危機に対する、現実的な施策として、著者は、ワーク=シェアリングと、社会保障制度の抜本的改革を提言する。
 いずれにせよ、本著は、労働、貧困、社会政策などについての人類史的記念碑である。(樋口 進)
<目次>

  • 第1部 後見から契約へ(近接性に基づく保護;土地に縛られた社会;名もなき賃金労働者;自由主義的近代)
  • 第2部 契約から身分規定へ(国家なき政治;社会的所有;賃金労働社会;新たな社会問題)
  • 結論 負の個人主義

<書誌情報>
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