読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

『消されたマッコリ。』

寄贈本紹介

『消されたマッコリ。 朝鮮・家醸(カヤンジュ)酒文化を今に受け継ぐ』ほろよいブックス
 伊地知(いぢち)紀子(のりこ) (社会評論社/2015年5月/A5判184頁)

 社会評論社の「ほろよいブックス」第6冊目。このシリーズは、「人の営みを肴に文化の豊かさを味わう」というキャッチコピーで、本書もサブタイトルにあるように、「朝鮮・家醸酒文化の豊かさ」をテーマにしている。しかし、扱われている「多奈川事件」の社会的・歴史的背景が提起しているものは、「ほろよい気分」ではいられない重い内容である。下戸である筆者には、「ほろよい気分」がどのように、文化の豊かさを醸し出すのかわからないが、酒が入ってからの論議や交流の深まりは好むところであり、いつもしらふのままでその場に侍っている。

 多奈川事件(たながわじけん)とは、1952年(昭和27年)3月26日早朝に、大阪府泉南郡 多奈川町(現岬町―大阪府和歌山県の境で和歌山に近い)で発生した事件で、朝鮮人による密造酒の摘発を、大阪国税泉佐野税務署、大阪地検岸和田支部、国家地方警察泉南地区署の三者合同による109人体制で、「暁の急襲」が行われ、この急襲に対して約200人の朝鮮人住民がトラックの前に座り込み小競り合いが生じた。酒税法違反での捜査にも関わらず本や書類、手紙まで取り上げている。この日はだれも逮捕することなく、30日未明、警察学校生徒を含む約450名がトラック約30台に分乗して、多奈川地域を襲い、27名を逮捕、22名が留置される結果となり、そのうちの一人が警官に撃たれて死亡した。警察側は、4月24日に19名を起訴した。

 何故この多奈川地域に朝鮮人住民が集中したのか、その歴史的背景が、日本による朝鮮半島への植民地支配による数々の史実に基づいて明らかにされている。
 1910年韓国併合後、朝鮮人は安価な労働力として、“3K現場”で劣悪な労働条件で働かされ、日本各地で集住地域を形成し、生活を助け合った。その生活を支えた一つが、「マッコルリ」(本文中では、マッコルリとされているが、書名が「マッコリ」となっているので、以下マッコリと記す)。

 日本は1875年酒税法を発布して以降、製造販売を免許制にし、自家用醸造も統制して、マッコリ造りは、密造となった。それまではどの家庭でも手作りされてきた、故郷の味、水と米と麹さえあれば3〜4日で醸造できるマッコリは、在日朝鮮人のなかで、生きる糧となっていた。「朝鮮・家醸酒文化の豊かさ」をサブテーマとする本書では、それぞれの家醸酒にちなむ話題や作り方を丁寧に聞き取り、マッコリにまつわる文化の豊かさを醸し出している。人々の暮らしに根付いた家醸酒文化の豊かさを消し去ろうとする権力に対する怒りを、直接著者の言葉で語らず、草の根の歴史掘り起し運動や、人々の抵抗の営みを通して、共有できるような展開となっている。
 生業もほとんどなく、戦後日本を生き抜く朝鮮人にとって、密造酒造りは、重要な現金収入源だった。多奈川事件に対する、大阪地裁、佐々木哲三裁判官による判決は、この酒税法違反について、以下のように述べている。

「本件公務執行妨害は、前示の如く朝鮮人部落の密造酒の検挙に際して起ったものである。
・・・彼らは主として戦時中の徴用によって多奈川町の川崎重工業で労働に服したもののうち、金もよるべもないので郷里への帰国はもとより多奈川町を離れることができず、そのまま同町に住みつきを余儀なくされた人達であって職にもありつけず、その他の生業にも恵まれない為、悪いこととは知り乍ら全く生活の為やむを得ず密造していた人達なのである。これらの人達に対しては、もとより犯行自体は許せないにしても、その人達をそのような境遇に陥れた点について、日本としても深い責任を感じなければならず、この意味に於いては心から同情を示さねばならない人達なのである。・・・このような環境におかれた人達が人種的差別待遇について偏見とまでゆかないにしても極めて敏感になっていることも容易に理解しうるところなのである。・・・本件密造酒の検挙はいわゆる暁の急襲として行なわれた。・・また、当時の検挙の在り方全体を通じてみるときに、・・・かなり遺憾な点があったことは否めない。・・・この公務執行妨害の発生については、検挙者側にもその責任に一半を負担せしめるのが相当であり、従ってこの点は本件の量定に酌量すべき情状であるとわれわれは認めるものなのである」(赤字は筆者)(p.104-106)

 著者がいみじくも述べているように、まさに「佐々木哲三の人権思想が書き上げた判決」である。佐々木哲三の事跡を述べるのが本文の目的ではないし、本書の紹介からいささか外れるかもしれないが、吹田黙祷事件の裁判指揮と言い、弁護士になってからの、八海事件での無罪判決獲得や狭山差別事件の弁護団長の働きと言い、私たち民衆側がこのような権力におもねない裁判官・弁護士を擁した史実を誇りにして、後世に伝えるべきであろう。

 本書の聞き書きや事実の実証の基礎となっているのは、「岬町地元まとめの会」をはじめとする、「草の根」の地域史の掘り起し運動と、この地域での人権教育、多文化共生をめざす市民運動の実に地道な実践の蓄積によるものであり、それを担ってきた人々の営為に、心から敬服するとともに、その蓄積を丹念に可視化してくれた著者の真摯な姿勢に、心を打たれた。
多奈川事件が起きた背景や当時の状況について私が学ぶことができたのは、「こうした草の根運動によって育まれてきた連帯への知と力の賜物である」と、著者は結んでいる。(伍賀偕子)