大西 広 編著(慶應義塾大学出版会/2016年/A5判194頁)
本書は慶應義塾大学東アジア研究所の3年間にわたる研究プロジェクトの成果であり、大西 広編著者の他に、7名が執筆している。
本書の狙いは、安定した「中成長国」に向けて根本的な社会構造の転換を迫られ、模索を続ける中国について、歴史的発展過程の中で「習近平改革」を捉え直し、独自の調査と分析手法で、2030年代の中国経済を見通しつつ、その意図と意義を明らかにすることにある。
全体の構成は以下の通りである。
本書における規定では、中国の社会主義市場経済は、開発主義の下でのキャッチアップ工業化体制であり、国家資本主義である。中国の社会主義市場経済は、国有独占・寡占部門のプレゼンスの高さと激しい競争に対応する民間企業のダイナミズムとの二面がある。それらは対立するものではなく、産業の連関関係から統一的に把握することができるとされている。中国共産党執政の経済的基盤は、生産手段の国家所有であり、計画経済から市場経済への移行過程で国家所有の範囲を狭めつつも、国民経済の基幹部門の国有企業による支配を維持している。社会主義市場経済は、国有企業への集中的資源配分という形で、共産党=国家が資本蓄積を誘導することを可能にする体制である ― と。
第1部では、「政治の揺らぎ」を論じていて、重慶市党書記薄煕来の「重慶モデル」を分析し、彼の失脚にもかかわらず、胡錦濤政権、そして現在にも引き継がれている。習近平の現路線は、悪徳資本家と腐敗官僚から民衆が権力を取り戻す「政治改革」に一つの柱がある。
第2部では、「経済の模索」を論じて、労使関係、企業システム、マクロ、国際経済関係における「模索」を分析している。中国の経済的発展段階を微妙に反映した労働者意識の変化、特に企業内賃金格差に対する評価の変化の分析は興味深い。
結論と展望に関わる第7章では、中国経済のGDPは2033年頃まで成長することを立証し、すでにゼロ成長経済となっている先進諸国に対して、中国経済の世界に占める比重は増すことになると展望している。中国だけでなく、BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)の世界経済に占める位置は確実に上昇する。
これらの新興経済大国の台頭は、中国のAIB(アジア・インフラ投資銀行)設立提案に対する日米両国の妨害対策がG7諸国で孤立したことに、象徴的に表れている。世界の対抗軸が、成長の終わった先進国と今勃興しつつある新興国との対抗になっていることが示されている。
アメリカは国際的主導権発揮のために常に世界のどこかで軍事行動を行っているが、対する中国は、経済に専念し銀行の設立を行っている。「どちらも自らが主導権を取ろうとしてやっていることなのではあるが、どちらが平和的であるかは言うまでもない」という論旨は、今後の「国際政治の揺らぎ」を展望するうえで、説得的であると思う。(伍賀偕子 ごか・ともこ 元「関西女の労働問題研究会」代表)