『映像が語る「地方の時代」30年』

 今回から寄贈本紹介の執筆スタッフが新たに加わりました。ボランティアのNさん(男性)です。図書館員の経験はないのですが、これまでもエル・ライブラリーで時々配架作業や目録整理作業を手伝っていただいておりました。ではNさん執筆の「寄贈本紹介」、第1回目は6年前に出版された以下の図書です。

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映像が語る「地方の時代」30年
「地方の時代」映像祭実行委員会 編(岩波書店/2010年11月/四六判 本文178p 資料66p)

 1978年7月、横浜市で開かれたシンポジウム「地方の時代」の基調講演「地方の時代を求めて」で、長洲一二(ながす・かずじ)神奈川県知事(当時)は新しい文明論を提起した。その中で長洲氏は、戦後30年にわたって進められた中央集権的近代工業化が歪みを生み行き詰まっていると指摘し、それを打破し、人間復興の社会を作り直していくために必要なのが「地域」「地方」を見直すこと、そのための「歴史的キーワード」が「地方の時代」だと提唱したのである。
 2年後の1980年から、地域の放送局、ケーブルテレビ局、市民・学生・高校生や自治体などによって、「地方の時代」は具体化される。「地方の時代」映像祭である。
 さらにその翌年、1981年から、基調講演やシンポジウムに加え、映像作品のコンクールが開かれるようになった。それから本書刊行の2010年の第30回映像祭までに3000作品を越える映像が出品されている(この映像祭は本年2016年も開催された)。

 3000作品というと相当な数だ。巻末の入選作リストを見ても多種多様であり、作品リストがそのまま「『地方』からこの国を見るとどうなるのか」の見事な提示になっている。中でも目立つのは、第1に国や企業の巨大開発に翻弄される地域を見つめ、その矛盾を問いかける作品群。第2に地域に内在する課題に地域自らがどう向き合ってるか、そのあり方を問い、あるいは地域の「内発的発展」への努力を描いた作品群。第3に、弱きもの、差別された人たちの視線で時代を問うものである。第4は、戦争や原爆の証言をつたえる作品群。第5に、地域に生きる人々の暮らし、伝統文化、しきたり、家族愛などを静かに見つめる諸作品がある。

 本書は、19人もの著作者からなる。その概要は、第1に、「地方の時代」という理念がどのような役割を果たしてきたか、十分に開花しなかったとすれば、それはなぜか、また今後求められる「真の地域主義」とは何かを考える。第2に、「地方の時代」映像祭の30年はどういうものだったか確認する。また、各地域で映像作品は何を伝えようとしたのか、どのような役割を果たしえたかを各地の制作者が具体的に報告する。第3に、今後、地域は何をどう目指していくか、その中で地域のメディアはどのように取り組むべきなのか考察していく。

 本書はまた、上記のように、「地方の時代」映像祭にさまざまな形でかかわってきた多数の著者による諸論考が一方にあり、他方、詳しい「地方の時代」映像祭資料(各回の開催概要、審査員一覧、受賞作品一覧・5年ごとの受賞作品紹介と概説)があって、論考・資料の両面から「地方の時代」30年を理解することができる。

[目次・著者一覧]
 序として――地域からこの国を問う  市村 元

第1章 「地方の時代」の30年
 「地方の時代」の背景と展望  後藤 仁
 「地方の時代」30年を総括する  新藤宗幸
 「地域主義」回復のために  富野暉一郎

第2章 「地方の時代」映像祭の30年
 きわめて私的なドキュメンタリー 回想の「地方の時代」映像祭  吉田喜重
 「地方の時代」映像祭の審査から見えたもの  結城登美雄
 作品コンクールから見えるもの  辻 一郎

第3章 地域からの発言
 「地底の葬列」が見つめた夕張  後藤篤志
 仙台三部作を撮る――「イグネ」「つかい川」「イナサ」  伊藤孝雄
 伝えたい! 地方の温かさと実態を  中崎清栄
 やぶにらみドキュメンタリー  阿武野勝彦
 地方の異邦人  曽根英二
 オキナワからの発信  山里孫在

第4章 これからの「地方の時代」と地域メディア
 地域メディアの「身土不二」  中村耕治
 地域メディア宣言  樋泉 実
 地域メディアとしてのケーブルテレビ  丸山康照
 「地方の時代」とローカルジャーナリズム  吉岡 至
 「地方の時代」映像祭のこれから  音 好宏

 あとがき  市村 元
 「地方の時代」映像祭資料 (濱崎好治・音 好宏)

(ボランティアN)