『女工哀史』と猪名川 ― 名著は兵庫県で書かれた(番外編)

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 写真は細井和喜蔵の紀念碑です(2017年6月23日筆者撮影)。
 京都府与謝野町加悦、丹後ちりめんで知られた町、細井和喜蔵の生家の近く、道路から石段を20段ほど登った高台の広場、鬼子母神の社に隣り合って建てられています。

 背面には

明治三十年((一八九七年)五月九日
当町にうまれ、大正十四年(一九二五年)八月十八日、
東京の亀戸で二十八歳の若い生命を閉ぢた細井和喜蔵は
その紡織労働者としての闘争経歴に基づき「女工哀史」等の
不朽の名著を残した。その名誉のため、在京青山の
無名戦士之墓に呼応して、大方の寄附に「よって
この碑を建てた
 一九五八年秋
加悦町、細井和喜蔵顕彰員会
題字及碑文 「女工哀史の会」代表 藤森成吉

 と刻まれている。

 ここまで細井和喜蔵のことを語ってきた筆者の目から見ると、事実上の妻であった高井としをの名前が刻まれていないこと、「紡織労働者としての闘争経歴に基づき「女工哀史」等の不朽の名著を残した。」とは書かれていても、細井の女工さんたちの生活に対する徹底的な観察、彼女らに対する愛情の存在に触れられていないことなど、不思議な感を抱かせるところもある。

 なお、毎年秋には有志が集まり碑前祭を開いているとの事です。(小田康徳)