「子どもの貧困」を問い直す 家族・ジェンダーの視点から

(松本伊智朗編/法律文化社/2017年10月/A5判272頁) 

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 本書は、「子どもの貧困」を家族・ジェンダーの視点からの議論を試みた研究会の成果であり、3部構成12論考からなっている。

編者の松本伊智朗が序論において、研究会の共通認識を概括した上で、各論考についての論点と特徴を明快に規定していて、本書が個人論文集ではなく、明確な問題意識の下になされた集団作業の成果であり、継承発展させる視点を共有しやすくし、読者にとってもアクセスしやすい書となっている。

 「子どもの貧困」を生み出す構造として―1)親や大人の生存権と幸福追求権の侵害の側面、2)子ども権利の侵害の側面、3)子どもの養育・教育の家族依存の側面―の三つの側面がそれぞれ進行すると同時に、相互規定的に強化されているが、本書は主にこの第3の側面に焦点を当てている。家族という仕組みを相対化し、そこに女性が負ってきた社会的不利がどのように埋め込まれてきたのかを明らかにして、貧困を問い直していく作業が必要であり、本書はその試みの形を示したい―と編者は述べている。

 さらに、「子どもの貧困」に対する社会的関心が高まり、子どもの貧困対策法・大綱の設定にみられるように、政策的課題として意識されるようになったことは、この十年を考えると、一定の前進であると評価できるが、現在の議論と政策動向には危惧がある―として、子どもの貧困対策法に所得保障の観点が薄く、学習支援が強調されることは、子どもの貧困を社会問題としての貧困から分断し、対策を矮小化するという指摘は、本書の問題提起を共有化する重要性を認識させられる。 

 本書の構成と執筆者は以下の通りである。

  • 第1部 子どもの貧困と政策‥‥ 湯沢直美、藤原千沙、阿部彩、フラン・ベネット
  • 第2部 生活の今日的特徴と貧困の把握‥‥ 蓑輪明子、丸山里美、鳥山まどか
  • 第3部 ジェンダー化された貧困のかたち‥‥ 吉中季子、大澤真平、杉田真衣、藤原理佐、田中智子

 字数の関係で各論の紹介はできないが、印象的だった部分の一端を少し挙げてみたい。

 藤原千沙は(2章「新自由主義への抵抗軸としての反貧困とフェミニズム」)、「貧困を生み出さす元凶」としての「新自由主義という統治」に対する抵抗軸として、「依存を包摂する社会」を対置する。依存を認識しないで構築された近代市民社社会は、効率性や合理性の追求に価値を置き、女性は分断されるが、フェミニズムは、この構造に異議を申し立て、ケアを受けること、ケアを与えることの双方が、決して奪われることのない財として、社会で取り扱われるべきことを求めてきた。女性の貧困に声をあげ、その克服をめざすジェンダー平等は、子どもの貧困を克服するうえで共通の目標となる― と述べている。

 ケアの権利については、湯沢直美も(2章「子どもの貧困対策の行方と家族主義の克服」)―「子どもの貧困」問題は、経済的困窮という所得の問題ばかりでなく、人間の生存に不可欠なケアを社会全体でいかに確保するのか、という根源的な問いを孕んでいる― と述べている。

 蓑輪明子は(5章「新自由主義下における日本型生活構造と家族依存の変容」)、労働市場の変容と労働力の商品化の進行という観点から今日の生活構造の特徴について整理し、脱商品化に向けた論点を提示している。労働力商品化それ自体にルールを確立する必要性(特に労働時間と賃金水準)を説き、女性や子どもの労働力商品化が劣悪な労働市場の基盤となるという歪んだ連関を断ち切ることができると述べている。

 杉田真衣は(10章「若年女性の貧困と性的サービス労働」)、女性の貧困に関する論争的な論点の一つである性的サービス労働に対して、「あってはならない」という認識の弊害を具体的に挙げ、興味本位の関心や憐みやスティグマが伴う視線に対して、「そこにあるもの」という事実から出発し、「当事者が自分の境遇について話すことができる環境を作っていくこと」の重要性を指摘する。これは貧困の解決をめざす取り組み全体で共有すべき指摘である。

 各論考とも、具体的な検証と示唆深い視点に学びが多い書である。(伍賀偕子(ごか・ともこ):元「関西女の労働研究会」代表)