『教科書をタダにした闘い 高知県長浜の教科書無償運動』

村越良子、吉田文茂著 (解放出版社/2017年11月/四六判300頁)

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 現在、小中学校の児童生徒には、毎年新しい教科書が無料で配布される。教科書は文科省が作製した紙袋に入れられ、「保護者の皆さまへ」と題して、「この教科書は、義務教育の児童・生徒に対し、国が無償で配布しているものです。この教科書無償給与制度は、憲法に掲げる義務教育無償の精神をより広く実現するものとして、次代をになう子どもたちに対し、我が国の繁栄と福祉に貢献してほしいという国民全体の願いをこめて、その負担によって実施されています(後略)」と呼びかけられている。

 教科書・教育費無償化を迫る運動は戦前から取り組まれ、戦後は各地で多様に展開されたが、歴史的、決定的な闘いは高知県長浜の教科書無償運動(1961年~63年)とされている。本書は、義務教育学校の教科書をタダにさせること(今では当たり前のようになっている)を国に制度化させた高知県長浜の闘いを、運動当事者の回顧と資料・文献・新聞報道等によって掘り起こした、歴史的な書である。内容の多くは、すでに雑誌『部落解放』702号~725号(2014年12月~2016年5月)に連載されているが、今回新たに発見された資料の検証を加えて、より幅広い人たちに向けて単行本として発刊された。

 著者の村越良子は、「長浜地区小中学校教科書をタダにする会」の発足時からの事務局員で、この運動の真っただ中にいた当事者であり(当時は岩松良子、現在は大阪市在住)、吉田文茂(ふみよし)高知市史編纂委員会近現代部会員で、高知県をフィールドとする部落解放運動史、社会運動史などの著書・論文を多く発表している歴史学者

 教科書無償運動の発祥の地=長浜は、高知市の南方に広がる地域で、町政施行を経て、高知市長浜となって、今に至っている。長浜には、被差別部落の原部落(通称「南部地区」)があり、長浜全体の人口の三分の一弱を占める半農半漁の漁村だった。仕事に恵まれず、多くは失業対策事業で働き、その日当は300円、教科書代は小学校で当時約700円、中学校は約1200円で、毎年3月は新学期への工面が大変だった(部落解放同盟中央本部「部落問題資料室」教科書無償闘争より)。1961(昭和36)年2月部落解放同盟長浜支部は教科書無償要求について論議し、教科書の不買運動を決定した。同時に第1回南区教育研究集会に提案して合意を形成した。この合意形成のスタートは、教員と地区の母親たちの学習会(塩谷学習グループ=勤評闘争の中で誕生した女性の読書会グループ)で、憲法26条2項に、「義務教育はこれを無償とする」ことが明記されていることを学び、権利意識に目覚めたことによると記されている。

 同年3月には、「長浜地区小中学校教科書をタダにする会」が結成される。第1回打ち合わせメモ(当時の岩松事務局員メモ)によると、構成団体は、落解放同盟長浜支部、南区民協、南区子どもを守る婦人の集い、市教組長浜分会、全日自労長浜分会、地区労で、後援を解放同盟市協と市教組に依頼するとされている。(この岩松メモは今回新しく発見された)

 なお、前年の1960年11月に高知市で開催された第6回四国母親と女教師の会では、教科書無償要求請願署名運動が提起されている。急速に地域の共闘が形成される背景には、高知県でも激しく闘われた日教組の勤評闘争を支援する地域共闘が、この地にその芽を育んでいたことが推測できる。

 長浜の父母たちは、ただちに市長、市議会、市教委に対して大衆交渉で迫り、その要求の正当性と迫力で事態を動かしていく。高知市議会は、小中学校の教科書を無償にするよう、内閣総理大臣や文部大臣あての意見書を決議して提出した。憲法を守る闘いへの確信に満ちた母親たちのゲタばき・割烹着姿の交渉の迫力は、行間からうかがえる。教科書不買の現地の意志は、数々の切り崩し(部落解放同盟と地区外との対立を助長する)を超えて、新学期から1カ月過ぎても崩れず、教科書なしをプリント授業で補う教員たちとそれを全体で支援する市教組の闘いが続いた。全校生徒のほぼ4分の1が無償になったのを機に1961年の闘いはひとまず収束し、62年63年も取組みが重ねられた。憲法26条を守る大義名分に国会も動かざるを得ず、63年12月に「義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律」が成立した。四国の一地域の運動が一点突破、国の制度化を実現させたのである。本書は、その高揚感を謳いあげるのではなく、あくまで文献や資料にもとづいて検証する姿勢を貫いていて、多くの人々に伝承したい書である。

 ちなみに、高知市立南海中学校には、「教科書無償運動常設パネル展示室」が設けられ、「教科書無償発祥の地」の運動を保存公開している。大阪でも「栄小学校だより」№2(2018年4/11)に、「新しい教科書に込められた思い」として長浜の闘いを紹介し、「無償の教科書は、真剣に子どもの将来と向き合った大人たちの成果であることを心に刻みたいものです」と結んでいる。冒頭にあげた文科省の紙袋に書かれた内容と比較して、民衆の力を伝承したいものである。(伍賀偕子 ごか・ともこ 元「関西女の労働問題研究会」代表)