『カレチ』全5巻

池田邦彦(講談社 モーニングKC/総ページ数1150頁) 

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 このコミックは講談社『モーニング』の2009年14号~2013年31号に不定期連載され、2011年1月~2013年6月には毎月1度連載されたもので、最終巻5巻を除いては一話読み切り形式である。第5巻の発刊は2013年8月である。

 書名のカレチとは長距離列車に乗務する客扱専務車掌を指す、国鉄内部の呼称である。

 「国鉄」といっても、国有鉄道時代を知らない世代も多く、国鉄が解体してから約20余年以上経ってからの連載である。

 1965(昭和40)年生まれの作者が、ものごころついた頃から目にしていた鉄道の姿を、「鉄道をめぐる人々のドラマ」を描きたいというのが動機であると述べている。

1巻~4巻までは、世界に類のないほどに「定時」に「安全」に走らせるという国鉄職員の誇りを、各職種にわたってとり上げ、“名人芸”、“職人芸”、“神業”ともいうべきこだわりと、それを成し遂げるための涙ぐましいドラマがくりひろげられている。

 主人公は大阪車掌区の「荻野カレチ」で、乗客に寄り添ってそのニーズに誠実に応える任務を遂行しながら、職種を越えて国鉄を守る誇りある人々との交流の中で成長を遂げ、自信を獲得していく。独特の専門用語も乗客第一の荻野カレチの目を通して語られるので、わかりやすく、日本の国鉄が「犠牲」も含めてどのように人びとの研鑽努力の積み重ねの総和で守られていたかが伝わる。ただし、国鉄職員という時、「臨時工」的位置の、今で言う非正規労働者がどのような役割を果たしていたのかの描写はない。

 しかし、国鉄という“職場”をめぐる人間ドラマを謳いあげるだけでは済まない時代背景が4巻あたりから、そして5巻では、「国鉄分割民営化」がもたらした現実が描かれる。

 作者が「分割民営化」の背景をどうとらえていたかは、― この時代は実は、いわゆる“懐かしい昭和”の価値観と、現代の価値観が混在してぶつかり合った時代だった事がわかってきました。公害や石油ショックをはじめ当時世間を騒がせた問題の多くは、そのあらわれだったと思います。国鉄も例外ではなく、莫大な赤字、過密ダイヤ、そして先鋭化する労使問題などで満身創痍となり、ついには、分割民営化という形で終焉をむかえました― という解説(見返し)から推し量れる。

 中曽根元総理が昨秋逝去して、彼の“戦後政治の総決算”という掛け声のもとに仕掛けられた“功績”がメディアを賑わしたが、「国鉄分割民営化」はその最たるもので、戦後民主主義を築く役割を担った総評運動、その中核部隊の一つであった「国労」をつぶし、総評・社会党ブロックを解体させたことは、否定できない歴史的事実である。

 作者が、国鉄における労働問題、労使関係をどう捉えていたかは、はっきりは推測できないが、主人公の荻野カレチを、「助役補佐」に昇格させ、職員30万人を20万人に減らす大合理化の強行を第1戦で執行する立場に立たせることで、国鉄を守ってきた労働者の誇りと仲間の信頼関係がどのように破壊されていったかに、リアルに迫っている。1987年4月、国鉄が116年の歴史を閉じ、7社のJRに移行した日、主人公の荻野は辞職し、関わってきた多くの人々を思い描きながら、泣きくずれる姿で物語は終わっている。

 彼は何を守りたかったのか、「先輩や後輩との信頼関係の中で成長していける“職場”を守る、そんな“職場”なくして鉄道の安全は守れない」と語る。

 国鉄が解体してから約20余年後に、真正面から「国鉄分割民営化」問題に向きあい、関わった人々の人間ドラマを描くことで、歴史の検証に重要な問題提起をしたことに敬意を表したい。

 付言するならば、国鉄内部から見た「国鉄分割民営化」問題の描写は真摯にリアルに展開されているが、乗客、国民からみたそれは如何なることだったのか。分割民営化に反対する国鉄再建署名が3514万筆も集約されたという、署名運動史上例にない国民的批判が示されたこと、これも歴史の重大な事実であったことを述べておきたい。(伍賀偕子〈ごか・ともこ〉、元「関西女の労働問題研究会」代表)