エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)

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『南国港町おばちゃん信金 「支援」って何?“おまけ組”共生コミュニティの創り方』

抱腹絶倒でそのうえ勉強になる本書は、エル・ライブラリーにて定価1944円を特価1700円で販売中!

 著者は、国際協力コンサルタント、コミュニティ開発専門家という肩書だが、そんないま流行りの“わかったようでわからないような”解説ではなく、まずは著者の実践報告に曳きこまれてみることをお勧めする。

 舞台の南国港町とは、インド東海岸にあるビシャカパトナム市の港町。人口170万人(2011年)でインドの中では24番目に大きな都市で、現在は製薬会社やIT企業も郊外の工業団地にさかんに進出しているが、その中のスラムに住むおばちゃんたちが主役。

 その日暮らしも大変なスラムで、おばちゃんたちが立ち上げた「おばちゃん信金」、正称=ビシャカ・ワニタ・クランティ(VVK)は(文字通り訳すと<ビシャカで輝く女性の集まり>)は、個人が信金に出資金を払って入会し、自分の貯蓄額と出資金に応じた融資をいつでも受けられる金融機関。いわゆる“インド版頼(たの)母子講(もしこう)”は、10人から20人のグループで毎月少額の貯蓄を積み立て、貯蓄をグループメンバーに融資する仕組みで、南インドではセルフヘルプグループ(SHG)、と呼ばれ、グループの数は、インド全土で約800万とも言われているが、ここで立ち上げた「おばちゃん信金」は、グループでなく、「個人」で入会し、個人でいつでも融資を受けられる仕組みである。

 この事業は、2004年7月、JICA(独立行政法人国際協力機構)がNGO「ムラのミライ」からの企画・提案を受けて、事業委託したプロジェクトである。
 このように、概略から説明していくと、本書の面白味が半減(?)してしまうが、著者は、この「おばちゃん信金」のプロジェクト・マネージャー(プロマネ)として関わりはじめる。出身地岐阜での関わりのきっかけから、現地のおばちゃんたちの信頼を得て、おばちゃんたちが主役の自律した信金に成長するまでの「成功談」が、語られているのではない。「援助ヘルメットをかぶって」村を訪れても、現場のリアリティに迫れないという気付きから、現場の技=途上国「援助」における職人技を現場で盗みたいという思いで現地に入った。“大学院まで行って「援助」を勉強した私”だ、2回くらいインドに通えば、現地の人々との関係がつくれると思っていた。現実はそうはいかない。「何でアタシにはできぃへんの?アタシに何が足りんの?」自問自答しながら、10年ビシャカパトナムに暮らした。「援助」とか支「支援」とか「国際協力」とかいうヘルメットをかぶって、先進国から途上国へ出かけていった私、そんなヘルメットを外せないまま、村やスラムを歩いた話が第3話で語られている。したたかで逞しいおばちゃんたちとのやりとりが、リアリティあふれるタッチで語られている。もちろんテルグ語(インドではヒンディー語ベンガル語についで話している人が多い言語)でけたたましく話されるが、それを日本語の「標準語」に訳すとよそよそしくて違和感があるので、著者の出身地の岐阜弁に訳されている。“けたたましい”話ぶりと書かれているが、岐阜弁の語尾は何となくとぼけたようなあったかい響きがあって、突っ放しているようには聞こえず、思わず引っ張り込まれる。

 その上に、彼女たちとのやりとりの光景がイラストレーターの田中由郎氏による4コマ漫画でふんだんに再現されているのも面白い。
自分たちで企画し自分たちで運営してきた「おばちゃん信金」が着実に伸びていることは、8年間の数値が示している。2013年でみれば、会員数=3,136人、資本金総額=2,340,142円、ローン貸付高=31,327,106円、貯蓄総額=4,732,889円、ローン利用者数=2,633人である。積み上げられた数字の「過程」が大切なのだが、ともあれ、当初すぐ倒産すると危ぶまれた信金が成長し続けていることを示している。

 「援助」されるのでなく、「支援される」のでもなく、問題点を自分たちで気づき、エンパワーメントしあい、次世代リーダーへの継承も互いに影響しあえる関係を、自分たちで創り出すようになる。そこでプロマネが介在する役割を、教訓めいた記述ではなく、自分の失敗から学んでほしいと、さらけ出しているところに面白さがある。国際開発プロジェクトでなくても、一般的なファシリテーター養成にも通じる方法論も学べる。そのようなノウハウにとどまらず、著者が考える共生コミュニティについての思想が伝わる。

 最後の締めは、日本国憲法9条を「引用」して、その9条を一部の政治家が「戦争をする日本人」にするために拡大解釈し、武器をもつ兵士を海外に送り、政府開発援助(ODA)を使った軍事援助まで許してしまおうとしていることへの「危機感」を読者と共有しようとし、「武器をもたない、戦争をしない日本人」の私は、「援助しない技術」でおばちゃんたちと一緒に、「勝ちも負けもしない共生コミュニティ」を作り続けたい― と。(伍賀偕子)
南国港町おばちゃん信金 / 原康子著 ; 田中由郎イラスト 新評論 四六判204頁