エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)

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『被差別部落女性の主体性形成に関する研究』

 熊本理抄 著 (解放出版社/2020年3月/A5判468頁)

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 著者は近畿大学人権問題研究所教員で、博士(人間科学)。本書は2017年に大阪府立大学より博士を授与された同名論文を基にしている。

 前職は「反差別国際運動日本委員会」(IMADR-JC)専従職員を経ての事務局長で、そのキャリアが本書における部落解放や女性解放の普遍性追求に、深く反映されている。

 構成は以下の通りであるが、一つ一つの「概念」についての形成過程や先行研究の検証を含めて丁寧な展開で、学ぶことが多い大部な研究書であるだけでなく、読者自らの立ち位置を問われる鋭い問題提起が一貫してなされている。

第1章 問題の所在

第2章 部落民であること―被差別部落女性の聞き取りから

第3章 女性であること―被差別部落女性の聞き取りから

第4章 被差別部落女性の主体性形成における運動の役割

    ―部落解放全国婦人/女性集会の資料分析から

第5章 国際人権言説とブラック・フェミニズムの「交差性」概念

第6章 被差別部落女性の主体性形成における「複合差別」概念の有用性と課題 

 本書の研究テーマである部落女性の主体性形成についての「主体性」という言葉の定義は、部落解放同盟が提唱してきた、部落民としての「社会的立場の自覚」が近似の概念であるが、本研究において「主体」ではなく「主体性」を採用するのは、「社会的立場」ではなく「自覚」を重視するからで、自らの社会的立場をいかに認識し受け止め引き受けていくか、自らが置かれている社会的立場を生かし社会を変える努力をするか、その力と行為に焦点をあてるため、「主体」ではなく、「主体性」を採用する ― という前提である。

 第2章・第3章では、福岡県の17地区における90人の聞き取り資料から、部落女性の主体性がいかなる過程をたどり形成されるのかを分析している。そして、部落解放運動および部落コミュニティのジェンダー体制と支配―従属関係のなかで、従属的主体性(subjectivity)の変容を部落女性が自覚し自己と共同性を変革しようとするときに初めて、能動的な行為主体性(agency)の形成が促されると指摘している。「部落解放運動に育てられた」と自負する著者だからこそ聞き出せたこの膨大な聞き取りが、本書の価値と説得性をもたらしていると言える。

 第4章では、時系列に沿って、部落解放運動と女性たちの主体性形成の追求について明らかにしている。部落民としての主体性形成には有効であっても、女性としての主体性形成の追求には限界がある差別認識と解放理論を克服するには、さらに、部落女性不在のフェミニズム(距離がある、齟齬があると)に対して、部落女性の主体性形成を主軸にすえる差別認識と解放理論を部落女性の経験から構築するには、自前のフェミニズムの構築が課題であると。

 部落解放運動の女性たちは、実体験から生まれる部落女性の差別認識と実践を理論化し正当化することになった女性差別撤廃条約に、運動の方向性を見出すとともに、第4回世界女性会議(北京会議)を経て、「エンパワメント」(力をつける)概念を通して、アジアの女性とつながる可能性を見出した。そして、もうひとつ、「複合差別」(Compound discrimination)という差別のとらえ方に学び、注目する。そして、2002年の部落解放同盟の運動方針には、「複合差別」概念が登場する。部落差別を受けさらに女性差別を受けるといった「加算的」分析では課題が残る。複数の差別の「交差性」(intersectionality)概念と、交差するところに現出する「複合差別」概念は、部落女性が生きる場の権力関係や社会的抑圧を解明し、主体性形成を追求するうえでの理論と実践として有効であるというのが本研究の結論である。

 部落差別と他の差別との共通性、他国との普遍性の追求によって、真の意味での「連帯」が可能であって、本研究はその導入の道筋を探求したものだと思う。(伍賀 偕子<ごか・ともこ> 元「関西女の労働問題研究会」代表)