エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)

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『奈良刑務所物語 治安維持法で囚われた人々』

治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟奈良県本部・編(京阪奈情報教育出版/2020年12月/B5判194頁)

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 編者の治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟奈良県本部は、1968年3月結成の治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟の奈良県支部として、1976年5月30日に結成された。現在会員450名。月刊紙「不屈 奈良県版」の発行や、2016年には「奈良県治安維持法犠牲者名簿」を刊行し、調査・研究・顕彰活動を重ねている。

 本書の初版は2014年に会員向けに刊行され、2016年の改訂版を経て今回、大量の増補を行って、初めて一般書として刊行された。

 奈良刑務所と言えば、明治の名煉瓦建築で、国の重要文化財として有名だが、明治の時代になぜあのような建築がなされたかについても、興味深い記述がなされている。

~ 司法省の若き建築技官・山下啓次郎が、視察のために欧米に派遣され、「刑務所が罰を与えるだけの暗く劣悪な環境の牢獄であってはならない。いつか社会に戻る受刑者たちが、心を育て更生の道を歩めるようなものでなくてはならない」という、既に「受刑者の人権」が認められていた西洋思想に学び、美しく立派で、しかも威圧感のない建物を設計した~

 ~この建物は町の人々にも愛され、多くの交流を生み、全国でも稀な「愛される刑務所」となった~と、作家・寮美千子が語っている。建物への愛着だけではなく、治安維持法で多くの政治犯が収容・虐待され、転向を迫られた暗黒の時代、それは侵略戦争へとなだれ込んだ道であり、そんな「歴史の証人=奈良監獄・奈良刑務所・奈良少年刑務所」の存続運動が、市民運動として起きた(「近代の名建築 奈良少年刑務所を宝に思う会」2014年発足)。市民が声をあげることで、「改築」の決定が覆され、2017年国の重要文化財「旧奈良監獄」に指定された。だが、アベノミクスの「文化財を活用して経済活性化に寄与させる」の標的となって、廃庁にされ、建物は民間委託されて史料館とホテルになった。

 本書は、この奈良刑務所の暗黒時代に悲惨な犠牲となった先人たちの苦悩と不屈の魂の記録を掘り起こした、歴史的な記録である。

 編者の地道な調査によれば、2016年までに判明しただけで、治安維持法下、引致、検挙、投獄されるなど弾圧された人は134名にのぼる。それらの人々の事跡が克明に刻まれている。主として、共産党員、水平社運動、農民運動、そして、権力におもねらなかった天理教関係者など、いずれの事跡もその生きざまが伝わる圧巻である。本書の冒頭の戎谷春松の、「般若寺坂―奈良刑務所回想」(「不屈奈良県版」に26回にわたって連載)について、その動機に身震いする想いである。~ 奈良刑務所は静かな丘の上の牢獄である。しかし僕らの以前に大逆事件の坂本清馬がたたかったし、<3・15><4.16><10・30>の先輩たちの平和と国民主権のためのたたかいがあった。その道を継いで歩いたひとりとして革命運動の聖痕の跡を書いておくのである。とくに今年は山宣の暗殺65年にあたり、その棺を担いで本郷通を葬送行進し、その肩の上に血の色と匂いを体験した生き残りとして―

 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟は、「治安維持法犠牲者国家賠償法(仮称)」の制定を求めて、国会請願を重ねている。その請願内容は ~ 1)国は治安維持法が人道に反する悪法であったことを認めること 2)国は治安維持法犠牲者に謝罪し、賠償すること 3)国は治安維持法による犠牲者の実態を調査し、その内容を公表すること~である。

 二度と同じ過ちを繰り返させてはならない、次世代に継承せねばならないという編者の強い意志がひしひしと伝わる書である。(伍賀 偕子 ごか・ともこ)