『感染症と経営 : 戦前日本企業は「死の影」といかに向き合ったか』清水剛著, 中央経済社 , 中央経済グループパブリッシング (発売) 2021.5
2020年3月に始まるコロナ禍にあって、まさに時宜を得た出版と言えるのが本書です。「本書は、戦前の日本社会における企業経営のあり方を検討することを通じて、「コロナ後」の経営について考えようとするものである」という文から始まるのを見てもわかるように、かつて日本では人々が「死」の影とともに生きていたことを想起し、歴史の変化を観察することによって現在のコロナ禍後について示唆を得ようとするものです。
100年に一度のパンデミックと呼ばれる今回のコロナ禍ですが、では100年前に何があったのでしょうか。そう、それは1918年から猛威を振るった「スペイン風邪」です。現在ではスペイン・インフルエンザと呼ばれている、人類史上最悪のパンデミックでした。
今回のコロナ禍の始まり頃は、しばしばその当時のことがマスコミ等で取り上げられていましたが、本書ではスペイン風邪のころの社会と現在との共通点と相違点を探っていきます。
まず当時は平均寿命が現在よりもはるかに短く、人々は常に感染症に因る死にさらされていました。つまり、死が身近な社会だったのです。「死の影」が身近にある時代の労務管理はどのようなものだったのでしょう。著者は、二つの方向性が考えられるとしています。
A 一般の労働者も含む広い生活・衛星環境の改善を行い、労働者の定着を促進し、その結果として人的資本の蓄積に結びつける。……労働節約型の投資が並行する可能性がある。
B 一般の労働者については生活・衛星環境の改善などを行わない。ただし、この場合でも例えば熟練工や一部の事務労働者については……改善のための投資を行う可能性がある。(p.25)
つまり、Bは労働者を使い捨てにする考え方です。実際の経営では、概ねBからAへと変化したというのが著者の見立てです。その例として、鐘淵紡績と倉敷紡績などの先進事例が語られ、その温情主義的経営が紹介されています。鐘淵は武藤山治が、倉敷は大原孫三郎が、社長として女子労働者たちの労働環境改善を実現しました。
今回のコロナ禍でも、労働環境を改善することによって労働者を大切にする「当たり前の」対応が重要であるとしています。でなければ、医療従事者や対人接触を必要とする産業には労働者が集まらないだろうとの危惧が語られています。
第2章では、「死の影」が薄れてきた戦後の繊維産業における労務管理の変化について検討されています。「女性労働者のレクリエーションとしてのバレーボールが1964年東京オリンピックの女子バレーボール優勝チーム、いわゆる「東洋の魔女」につながっていく過程についても考察し、これを戦後の労務管理の変化の中に位置づける」(p.39)。
すでに死の影が薄れてきた時代にあっては、医療環境の充実が売りになるわけではありません。女子労働者を定着させるためには、工場における教育機会の拡大と、企業スポーツがその役目を負いました。東洋の魔女と呼ばれた日紡貝塚チームはその厳しい練習に耐えることによってプライドを持ち、「女工」という差別的な視線を追い払うことができたのでした。翻って、コロナ後の企業経営においても労働者の「プライド」を守ることの重要性が説かれています。
続く第3章では企業と消費者の関係、第4章では株主と企業との関係に「死の影」がどのように影響したかが歴史をひもといて述べられています。第5章では、そもそも企業は永続しなかったということが記述されていきます。企業の寿命についての歴史的な考察が大変興味深いです。著者の主張は、個人(=労働者)は企業に頼りすぎるな、しかし企業が永続することもまた不確実性が高まる時代には大事だというものです。
となれば、どうすれば企業に閉じ込められずに生きていけるのでしょうか。それが第6章のテーマです。ここでも事例は過去にさかのぼって探索されます。戦前日本で「サラリーマン」(学卒ホワイトカラー)が生まれた明治中頃からの動態を見ていきます。企業との依存とパワー(圧力)関係を見るのにブルーカラー労働者ではなくホワイトカラーに着目する理由を、著者は「ブルーカラー労働者であれば団結することにより企業のパワーに対抗できるのに対して、相対的に団結が難しい労働者、すなわち管理側に属する人員を含むホワイトカラー労働者については団結という手法が使いにくく、企業への依存関係と企業からのパワーの行使についてより観察がしやすいため」としています。
その観察結果は果たして……。「悩めるサラリーマン」像が彫琢されていきます。エリート意識だけは高いのに実際には金融恐慌や昭和恐慌で没落して、転職もできず企業に依存して、なんだかかわいそうです。
では現在のホワイトカラーはどうすればいいのか? 一つは労働組合の結成。しかし組織率の低下によって労働組合の力は落ちているため、企業に閉じ込められないためのネットワークを築くのは難しいかもしれない、とも。もうひとつは、転職のための能力を保有することです。そのため、労働者の転職可能性を高める制度的な手当てが重要と述べられています。
終章ではこれまでの章を振り返り、企業と労働者との関係性に着目した提言が述べられ、「将来の不確実性を低減するための手段として企業を利用しないのは合理的ではない。組織的に経営される企業は、人々が協力して不確実性に立ち向かうための仕組みであり、その意味で人々を幸福にするための仕組みなのである」(p.148)と結論づけられています。
要するに企業は労働者福祉に力をいれ、労働者、消費者、株主という利害関係者とのコミュニケーションと調整をおろそかにしないことが大事、ということなのでしょう。労働者は企業に閉じ込められるのではなく、「働く場所はどこであってもかまわない」という強い気持ちを持て、そのために労働者同士の連帯と移動可能な人的資本の蓄積が大事だ、と鼓舞していると私はとらえました。
個人的には歴史的叙述の部分がたいそう興味深く、タイムリーに響いた本でありました。ありがとうございます!(谷合佳代子)
目次
序章 「死」が身近にある社会
第1章 「死」と労務管理
第2章 労務管理の変化と「東洋の魔女」の誕生
第3章 「死の影」の下での消費者―三越・主婦の友・生協はなぜ誕生したのか
第4章 企業と株主の関係―短期志向にいかに対応するのか
第5章 「死の影」の下での企業
第6章 企業に閉じ込められないために
終章 「コロナ後」の経営