当館資料を活用していただく機会も多い、お二人の研究者が揃って「労働関係図書優秀賞」を受賞されました。おめでとうございます!
この賞は、JILPT(労働政策研究・研修機構)が授与するもので、JILPTのサイトによれば、「労働に関する総合的な調査研究を奨励し、労働問題に関する知識と理解を深めることを目的として」行われている表彰事業です。
本年は、下記2冊が受賞されました。
青木宏之氏『日本の経営・労働システム―鉄鋼業における歴史的展開』(ナカニシヤ出版 2022年3月刊)
梅崎修氏『日本のキャリア形成と労使関係―調査の労働経済学』(慶應義塾大学出版会 2021年12月刊)
二冊ともすでに当館に寄贈していただいておりましたが、私たちに寄贈本紹介を書く余裕がなく、ご紹介が遅くなってしまったことをお詫びいたします。
梅崎氏の著書は本文と索引で384頁、青木氏の著書は本文と索引で274頁といずれも読見ごたえのある分量です。お二人ともオーラルヒストリーの研究者でもあり、いずれもその業績をこれまで重ねてこられた結果、今回の著作へと結実しました。梅崎氏は本書を上梓されるまでに15年に及ぶ聞き取り調査を続けてきました。オーラルヒストリーと聞き取り調査は重なる部分もあれど、正確には異なるものですが、いずれにしても調査票を作成し回答をもらい、実地に現場の人々にインタビューを行い文字起こしするという膨大な作業を繰り返す点では共通した地道な作業です。
その蓄積の結果、新しい理論モデルの構築が目指されました。著者曰く、「三つのチャレンジ」として述べられていることは、①新しいモデルと測定指標の提示、②観察あ測定のこれまでの限界を超えること、③分析範囲の拡張、ですが、それぞれを詳しく説明するのは措いて、本書の目次を掲載しましょう。第1部、第2部、第3部・4部がそれぞれ三つのチャレンジにかかわる記述です。
序 章 問題、方法、意味
第Ⅰ部 競争力の源泉としての技能
第1章 職場を構想する力――機械製造工場の事例
第2章 「探求」を促す組織と人事――粉体機器の製品開発第Ⅱ部 キャリア・マネジメントの諸相
第3章 職能別キャリア管理と長期選抜――同期入社の人事データ分析
第4章 非正規化と人材育成の変容――大学職員の事例
第5章 適正な仕事配分――メンタル不調者の復帰の事例第Ⅲ部 労働者の発言のゆくえ
第6章 問題探索のための協議――労使協議制の運営
第7章 中小企業の中の労使関係
第8章 三つの窓口――労使協議・団体交渉・苦情処理の比較
第9章 組合効果に雇用区分による分断はあるか――契約社員と正社員の比較第Ⅳ部 多層的な労使関係
第10章 労使関係の中の三者関係――常用型派遣事業の事例
第11章 キャリアを支援する労働組合――ワーク・ライフ・バランス施策の導入事例
第12章 二つの労働組合――中小労働組合運動の事例
本書について、既に何本かの書評が学術誌に掲載されています。その一つ、玄田有史氏は「梅崎修は、労働研究の王道を往く探求者である」と絶賛されています(『キャリアデザイン研究』2022 年 18 巻)。
また、樋口純平氏は「特筆すべきは,第10章の「労使関係の中の三者関係」であろう。この章は,常用型派遣事業の労使関係という特殊な事例を対象としたものであるが,評者には本書の3つのチャレンジを包括的に達成しているように思える」( 『日本労働研究雑誌』64巻7号, 2022-07,p.96)と高く評価されています。
青木氏の『日本の経営・労働システム』はまだ発刊から7カ月ほどなので、ジャーナル(学術誌)への書評投稿は見当たらないのですが、今般の受賞を機に多くの評者によって言及されることと思われます。まずは目次を見てみましょう。
序章
第1章 1950年代における要員管理の進展―現場管理の歴史的起点
第2章 職務給化政策の意義
第3章 職長改革
第4章 職能資格制度の導入―ランクヒエラルキーの成立
第5章 部門業績の目標管理制度の形成
第6章 請負労働者の組織化と処遇改善
第7章 請負関係の高度化―2000年代の新展開
第8章 経営戦略と労使関係―日本の労働者の影響力
終章
青木氏はこれまで鉄鋼関係のオーラルヒストリーをいくつも作成しており、当館にも7冊恵贈されています。梅崎氏と同じく15年をかけたオーラルヒストリーの蓄積の上に本書の理論的彫琢はありえました。
「現代日本の経営・労働システムとは、①業務に関する統制と交渉が職場集団内の合議として一体的に行われること、②その連鎖が組織末端にまで広がっていること、③そのために労働組合もこの組織メカニズムに即して活動を展開していること、などの特徴を持つ組織・制度体系である」(p.26 )という分析概念を手掛かりとして、本書は
「経営組織内で労働給付の質量がどのように決められているのか、労働側はそこにどのように影響を与えているのか、さらにそうした制度と運用がシステムとしての体系を持っているとすれば、それがどのような歴史的過程で作り上げられたのか」(p.26)を明らかにすることを目的としています。
豊富な図表を用いて1950~60年代の職務分析が行われていく様は興味深いです。各章における分析結果が研究史にどのように貢献したか、そのまとめが終章に書かれています。曰く、①鉄鋼労働研究への貢献、②労働調査研究への貢献の大きく二つ。それぞれ先行研究への批判や、先行研究の不十分点を補う実態分析や論点提示など、新たな視点を提示しています。個人的には、労働側の発言力の源泉について解明された点にそそられました。
2冊ともこれからじっくり読ませていただきます。(谷合佳代子)