エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)

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もの言う技術者たち 「現代技術史研究会」の七十年

もの言う技術者たち : 「現代技術史研究会」の七十年 / 平野恵嗣著
太郎次郎社エディタス, 2023.1  245p  19cm

 

<日隅一雄・情報流通促進賞・奨励賞を受賞>

 著者平野恵嗣は1962年岩手県生まれで、共同通信社の記者となり、いくつかの地方局編集部を経て、国際局海外部、編集局国際情報室で勤務し、アイヌ民族、死刑制度、帝銀事件、永山則夫事件、「慰安婦」、LGBTQ、水俣病などを取材してきた。

 本書の紹介文を書きかけている時に、本年(2023)5月、第11回「日隅一雄・情報流通促進賞」が決定され、著者の平野恵嗣が本書の執筆活動により、その「奨励賞」を受賞したという情報を得た。以下、受賞に至った評価を紹介する。

 ――高度経済成長と公害という近代社会の矛盾を、技術者がその技術の社会的影響を自らの良心のもとで議論・研さんを行ってきた「現代技術史研究会」。本書籍は、技術が社会に与える影響を人間として考える技術者が、企業の追求する利益とのはざまで何を考えてきたのか、社会に何を問うてきたのかを、そこにかかわった企業内技術者らが実名で語り、秘密結社ともいわれた研究会の役割を丁寧に明らかにしています。今、日本学術会議のあり方が政治問題になり、科学技術の社会的影響について専門家の良心が問われる中、この本の果たす役割を評価しました――と。

<技術や社会のありようをにらみ続け、したたかに行動する技術者たちの70年>

 通信社の記者である著者は、茨城県東海村の核燃料加工会社JCOで起きた臨界事故や「公害の原点」とされる水俣病などの取材を通して、科学技術のもつ危うさを漠然と感じていたが、東日本大震災に大きな衝撃を受けた。「ポスト福島の社会が進むべき道を考える際、現代技術史研究会の会員たちの声に耳を傾けることで、成長一辺倒ではない方向性を示せるのではないか、技術者たちの体験を通して視点の違う戦後史が見えてくるのではないか、という期待から会員たちを訪ね歩き、それぞれの思索や活動の軌跡を記録してみようと思いたった」のが執筆の動機であると述べている。

 サブタイトルの「現代技術史研究会の70年」については、時系列に研究会史が追跡されているわけではないが、巻末に、「技術史研究」創刊の辞(1952年)、「現代技術史研究会」会則、関連年表が収録されていて、貴重な史料に接することができる。(2024.1.12追記:「技術史研究」no.91によれば、「技術史研究」の創刊号発行年は1952年ではなく1953年である。奥付が間違っており、平野の責任ではない)

 本論では、結成前史の「民主主義科学者協会」(民科1946年1月創設)時代から事務局を担い、後に技術評論家となる星野芳郎(1922-2007)、水俣病を追い続け、自主講座「公害原論」で知られる技術者、宇井純(1932-2006)をはじめ、12名の「技術者」の足跡が、各自の葛藤に寄りそって丁寧に追跡されている。

 各章のテーマ毎に登場者を紹介すると、以下の通りである。

第1章 公害と対峙する 星野芳郎、宇井純

第2章 真の技術のあり方を求めて 佐伯康治、井上駿、井野博満

第3章 技術を生かし、社会を支える 松原弘、田中直

第4章 「人間のための科学技術」をめざす 猪平進、天笠啓祐 

第5章 原子力と向き合う 坂田雅子、廣瀬峰夫、後藤政志

 会の発足は、敗戦後の混乱期から高度経済成長の黎明期へと進むなかで、復興に向け科学者や技術者がもてはやされるようになる時代、会員らは、技術の発展の一翼を担っているという気概をもちながらも、一方で、技術や経済の成長過程で生じた公害や環境破壊にみずからも加担しているのではないかという、「加害者性」も強烈に意識していた。

研究会の議論では、大量生産・大量消費がもたらす廃棄物の増加や、コンピュータリゼーションによる職場の合理化や人間疎外、また、航空機や列車、原発などの大規模事故も遡上に載せ、時には、所属企業の経営方針と相反する議論も展開された。企業の内部にいても、組織に盲従することなく、自立した一技術者、一人間として社会と向きあう、自分の理想を実現するため、したたかに行動する――、そんな仲間の存在に支えられ、励まされてきた軌跡が、現代技術史研究会70年と言えるだろう。

 水俣病の真相に迫り続けた宇井純が「富田八郎」名で告発したように、研究発表はペンネームの時もあったが、本書では、所属した会社名も含めてすべて実名で語られている。

 深い葛藤の追跡も、この研究会で鍛えられ支え合った技術者の良心と、培われた思想が伝わり、希望と勇気が共有できる学びの書となっていると思う。(伍賀 偕子<ごか ともこ> 元「関西女の労働問題研究会」代表)