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『日本における女性と経済学 1910年代の黎明期から現代へ』

 栗田啓子・松野尾裕・生垣琴絵 編著(北海道大学出版会/2016/A5判338頁)

 本書は、東京女子大学女性学研究所プロジェクト研究と日本学術振興会の助成を受けた共同研究の成果で、8名が執筆している。テーマは、日本において女性に対する経済学教育はどのように成立したのか、女性の経済学者はどのように誕生したのかの歴史的研究を通して、女性が経済学に関わることによって、どのように既成の経済学を変えていく視点が提出されたのか、その現代的意義を投げかけることにある。そして、経済(学)教育を通じた新しい女性像の検討が新しい社会のビジョンと新しい女性の生き方を浮彫りにすることに期待すると結ばれている。
目次は、以下の3部構成と巻末「対談」が配置されている。

  • 第1部 女性への経済学教育― 新渡戸稲造と森本厚吉
  • 第2部 生活への視点
  • 第3部 労働への視点
  • 対談「女性と経済学」をめぐって 竹中恵美子・村松安子

 第1部では、女性に対する経済(学)教育の草創期を取り扱い、東京女子大学初代学長(1918=大正7年創立)の新渡戸稲造と、日本における消費経済研究の先駆者である森本厚吉がどのように女性に対する経済(学)教育に貢献したかを研究している。サブタイトルは、この二人の男性研究者になっているが、第1章で、1910〜20年代に発表された山川菊栄の論説を詳細に分析し、日本において、この時代に、女性が経済学と出会う必然性が醸成されていたことを提示しているのが、興味深い。
 第2部「生活への視点」では、日本初の女性経済学者・松平友子とその系譜が明らかにされている。松平によってつくられた「家事経済学」が、家庭・家族における主要な関心事である家事労働や消費生活に関する社会科学的研究を開始させ、それらが現代に通じる問題意識をもったものであることを示している。従来家政学部における「特殊」な経済学とみなされ、「普通」の経済学と分断されてきた家庭経済学を、「初めて経済学史に正当に位置付ける試み」であるとしている。経済学史ではほとんど知られていない(女性運動においてもそうであるが)松平友子について、その人物像が表紙の写真とともに次世代に伝えられたことの意義は大きい。

 第3部「労働への視点」では、戦後いち早く女性経済学者として学会に登場した竹中恵美子の業績の検討を中心に編成されている。「竹中恵美子著作集」全7巻は、日本における女性の経済学者の著作集として最初のものであり、「女性の生活経験を理論化する」というテーマが貫かれているとされている。第6章で1960年代までの竹中における女性労働研究の理論構築の軌跡が丁寧に展開されている。第7章では、竹中自身の執筆によって「1970年代以降:第2波フェミニズムの登場とそのインパクト―女性労働研究の到達点」が展開されている。70年代以降の女性労働研究の展開を追い、日本における労働のジェンダー平等実現のための主要な三つの課題を論じている。そして、これらの研究は、常に関西を中心とする女性労働運動、市民運動の現場が求める理論的支柱となってきたこと、理論と運動の相互交流の軌跡が第8章で証言されている。手前味噌になるが、この章は筆者(伍賀)が自らの体験を通じて証言させていただく光栄に浴している。

 巻末の「対談:『女性と経済学』をめぐって」は、竹中恵美子と村松安子という労働経済学と開発経済学で先駆的な女性経済学者の対談であり、編者によると、本書の総論とも言えるものである。対談から読み取ることができるのは、(1)女性が経済学研究に向かうとき、既成の経済理論に違和感を持ち、その違和感を大事にしながら、新たな研究領域を切り拓いていったことであり、(2)経済学研究を通じて、社会あるいは女性の生き方を変えてゆこうとしたことである(残念なことに、村松安子は2013年逝去、2部で松平友子との回想を記した亀高京子は2015年逝去)。

 本書は社会の基本的構造を分析し、その矛盾を変革する方途と生きていく起点を豊かに示唆する書であり、「経済学」に関心のある人のみならず広く読まれることを願う。(伍賀偕子<ごか・ともこ> 元・関西女の労働問題研究会代表)