『帝国日本の経営史 戦時工業化と現地企業』
沢井 実著 名古屋大学出版会 2026年6月 A5判290頁
著者の沢井実は、1953年和歌山県生まれで、東京大学で博士課程を経て大阪大学で経済学博士を取得し、現在は大阪大学名誉教授であり、京都にある住友史料館館長である。また、わが『大阪社会労働運動史』第10巻(公益財団法人 大阪社会運動協会編・発行)の編集委員代表を務め、40年近く続いたこの刊行事業を締めくくる役割を担われた。
本書は、1930年代の日本帝国の戦時下に、総力戦体制下の外地で急激に進んだ重化学工業化、内地からの投資が加速し、現地の経営・技術・労働のあり方が大きく変貌した過程、大小・内外の主体が形づくる戦時経済の到達点=戦後東アジアの起点を現場の目線から捉え、「遺産」とともに課題を残した経済環境の再編を包括的に描き出す、類書のない歴史的な役割をもつ書である。
<目次と構成>
序 章 日本帝国圏における戦時工業化と企業経営
第Ⅰ部 朝 鮮 ― 戦時工業化の進展と労働者・技術者
第1章 清津の工業化― 水産加工業の発展から戦時重工業化へ
第2章 戦時期京城における重工業の躍進― 工場地帯の成長と機械器具工業
第3章 戦時期朝鮮における重工業化の到達点― 造船業・鉱山機械工業の展開
第Ⅱ部 台 湾 ― 南方開発基地への転換とその困難
第4章 台湾総督府工業研究所による民間産業支援― 官立研究機関と工業発展
第5章 技術者たちがみた台湾経済― 台湾技術協会の活動
第6章 戦時下における「台湾工業化」と高雄― 重化学工業化の試みと資源
第Ⅲ部 満 洲 ― 日本企業の経験と現地経済へのインパクト
第7章 満洲進出という経営判断と実態― 奉天・鞍山への企業進出の様相
第8章 戦時期大連の機械工業― 日本人大工場と中国人零細工場の展開
第9章 ソ連による北満鉄道譲渡の経済的意義― 譲渡代金物資支払と日本企業
終 章 戦時期の「遺産」が意味するもの
あとがき/図表一覧/索 引
<戦時期の「遺産」が意味するもの>
著者は、戦時期の日本帝国圏が築いた工業化を中心とする現地での蓄積を「遺産」と称して、非常に詳細な経営分析を通じて描き切っており、300頁近い大著だが、思わず引き込まれる。第1章・3章・8章以外はすべて書下ろしだそうである。戦前・戦時期を通して、日本人と現地の人々の営為によって蓄積された「遺産」を、継承するか、破棄するかの判断は、現地の人々の手に委ねられた。当然である。この「遺産」の中に、教育機関もあげられていることに注目したい。
一方で、この「遺産」には、「負の遺産」もある筈であるが、本書において、その分析・言及に乏しいことに、疑問を抱かざるを得ない。たとえば、韓国における元徴用工訴訟が告発している現実を、日本の労働者として、どう受け止めるべきなのか。
著者は、終章において、「『帝国日本の経営史』は、過ぎ去った過去の寓話などではなく繰り返し問われるべき現在の問題であり続けている」と結んでいる。
伍賀 偕子(ごか ともこ)

