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盛会! 熊沢誠 著『私の労働研究』読書会・交流会

第3回「息子は父の『私の労働研究』をどう読んだか」

 8月22日に開催した読書会は定員15名いっぱいの満員御礼で、和やかに終了しました。これにて、5月から三回にわけて開催した熊沢誠『私の労働研究』はすべて盛会のうちに終了しました。
 今回は熊沢誠氏のご子息の熊沢透さん(福島大学教授)に遠路はるばるお越しいただきました。以下、透さんのお話からいくつかかいつまんで紹介します。

 読書会では、最初に熊沢誠著作の学界での評価について触れ、1976〜1977年の「小池・熊沢論争」(小池和男氏と熊沢誠氏の互いへのリスペクトある論争)が学術的評価が高い、と話されました。
 第4章2「いじめ加害生徒への刑事罰を主張した点は、論争を喚起するような書き方だった」、「共同体や共同性を強調することは諸刃の剣である」といった感想も述べられました。
 原発事故後に福島市に住み続けることの意味についても、「ここを離れるわけにはいかない、生活があるのだから」と至極当然の発言で、「福島に住み続けながら反原発を唱えることのむずかしさ」についてもいろいろと話されました。「ゼロ・ベクレル主義者はなにがなんでも福島から避難せよといい、絶対に危険だというけれど、どこにいたってゼロ・ベクレルはありえないのだ」と、放射線測定器を持ち込まれていた熊沢さんから、エル・ライブラリー内の放射線量が福島市内と同じぐらい高いことを指摘されてびっくりするやらおののくやら(汗)。 
 震災後、熊沢ゼミは学生が激減し、ものごとを深く考える学生が減って実学志向になっているとの残念な指摘もありました。
 
 わたしの心に残った言葉は、「熊沢ゼミの学生には、『僕は労働市場で勝てる武器を君たちに渡せないけれど、薬は渡せる。それがあれば死ぬことはないでしょう』と言っている」というものです。
 ここには書きつくせないほど多くの示唆に富むお話でした。
 熊沢透さんの発話を受けて、参加者から自由に質問や意見が出され、活発な討論が行われ、時間切れとなりました。続きは懇親会で爆発だぁ〜となりました。
 
うかつなことに読書会の様子を写真撮影するのを失念しました。そのかわりといってはなんですが、「銀熊亭のマスター」こと熊沢透さんの渾身作からいくつか写真をアップしましょう。読書会の「余興」として館長谷合が選んだ「銀熊亭」のメニューを投影し、熊沢さんに解説していただきました。
これをみながら一同、すっかりお腹が空いてしまいましたとさ。
 「一人暮らしなのに手抜きしない、自分の食事をしっかり作ることで、誰の労働も搾取せずに生活している」とおっしゃった熊沢さんの言葉も印象的でした。写真はすべて透さんの手作り料理。器や盛り付けにも凝っています。(谷合佳代子)

 読書会の案内:http://d.hatena.ne.jp/l-library/20150819