川西の歴史今昔 ~猪名川から見た人とくらし~

著者:小田康徳 2018年1月 神戸新聞総合出版センター

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 当ブログにて連載していた、「『女工哀史』と猪名川 ― 名著は兵庫県で書かれた」がその一部として掲載されている、『川西の歴史今昔』がついに発刊されました。

 早速、当館ボランティアスタッフの筆になる寄贈本紹介を掲載いたします。今号より、森井雅人さんが新たに「寄贈本紹介コーナー」の執筆陣に加わってくださいました!

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 大阪府兵庫県の境界、さらに上流側では京都府をかすめるのが猪名川である。小田康徳さんが著した「川西の歴史今昔」は現在の川西市猪名川に基軸にして、その歴史をたどって流域住民の生活のありようを詳しくまとめたものである。小田さんは、日本近代の公害問題の歴史を研究されているが、本書は古代、中世、近世、近現代の4つの時代の現在の川西市の人々の暮らしに重点を置いている。

 古代では万葉集やその後の古文書に記されている猪名川を説き起こし、中世では多田院が地域の開発に大きく寄与したことを証左されている。近世では、集落ごとの農業共同体を基盤に猪名川の水確保の農業水利、氾濫防止策の展開によって人々の交流が盛んになった。そして近現代では阪鶴鉄道(現JR福知山線)、箕面有馬電軌(現阪急宝塚線)、能勢電鉄の開通で鉄道交通の発達に呼応して都市化が進み、発電、水道、下水道のインフラ整備に猪名川が大きな役割を果たした。

  この本の内容概略は以上のとおりであるが、エル・ライブラリーとしてこの本をとりあげ、紹介したいのは「女工哀史」の著者、細井和喜蔵と猪名川との間につながりがあったことが書かれていることである。「女工哀史」は1925(大正14)年に細井和喜蔵が改造社から出版した、戦前の日本の資本主義を底辺で支えた女子労働者の生活を記録したものである。

細井和喜蔵は1897(明治30)年京都府与謝郡加悦町(現与謝郡与謝野町)生まれで、関西の工場で職工に入り、労働運動にかかわる中で東京に移動し1923(大正12)年9月1日の関東大震災で関西に「避難」する。小田さんの著書の182ページには「『女工哀史』の自序には兵庫県能勢の山中へ落ち延びて小やかな工場へはいり」という記述がある。また何度か「大阪の大資本家喜多又蔵氏の経営にかかる兵庫県猪名川染織所」という具体的な記述が何回かあることを指摘されている。この「猪名川染織所」は大原社会問題研究所の所蔵する労働争議の調査資料から「兵庫県川辺郡多田村」の「猪名川染織所」と判明するが(183ページ)(旧多田村は現在は川西市の一部)、小田さんはリサーチを続け、「夫妻(細井和喜蔵と高井としを)は猪名川染織所で働きながら、川沿いの農家に間借りして住み、和喜蔵はその部屋で『女工哀史』を書き続けました」とコメントされている。和喜蔵は改造社から和喜蔵に、当時としては大金の百円の印税が送られてきたことで警察にマークされるようになり、半年余りを過ごした多田村を後にして再び東京に戻ることになる。1924(大正13)年2月23日である。半年後の1925(大正14)年7月に「女工哀史」は出版されるが、それから1ヶ月後に和久蔵は28歳で帰らぬ人となる。

この本は「古代の猪名川」「中世社会の階層と猪名川」「近世の村と猪名川」「近現代の変化と猪名川」の全4章から構成されている。その中でも、川西という身近なところの歴史の中に、先人の足跡を感じることを特筆したい。(森井雅人)