エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)

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社会運動史研究者がスポットワークをやってみて

 この半年ほどの間に当館スタッフが執筆した著作を2回に分けて紹介する2回目は、雑誌の連載を取り上げます。

社会運動史研究者がスポットワークをやってみて 黒川伊織[著], 『POSSE』54~56号, 2023.8~2024.3

 黒川は当館の特別研究員かつ神戸大学特別研究員として歴史研究を続けています。平日の昼間は小さな会社の社員として9時から17時まで働き、そのかたわら、参与観察兼生活費を稼ぐためにバイトにも勤(いそ)しんでいます。おまけに親族の介護もあり、考えられないほど多忙な日々を送る黒川が、「スポットワーク」の大手企業アプリ「タイミー」に登録して日々雇用されている状況を綴ります。本人の経験だけではなく、周囲のワーカーの様子を「政府が推進する高収入のスキルアップとしての副業か、あるいはメディアで喧伝されるような社会的弱者の生存のための副業かというような、両極端な事例ではなく、ビジネスパーソンや扶養を外れた主婦、フリーランスなどさまざまな属性のワーカーがどのように仕事を組み合わせて働いているのか、その多様な現実を紹介していきたい」とのことです。

 連載第2回ではいよいよ具体的な事例のオンパレードとなります。黒川本人の体験と、周囲の「お姉さん」たちの経験談から、彼女たちの働き方の苛烈さが伝わってきます。コロナ対応コールセンターの仕事でコロナ患者の救助要請を断り続ける鬼の仕事をやらされてメンタルをやられた話などは胸に迫るものがあると同時に、大阪府のえげつなさを改めて痛感しました。

 黒川が観察した様子からは、バブル世代の女性のパソコンスキルの低さが今、彼女らを非正規雇用労働者へと追いやる要因となっていることがうかがわれます。男性の場合は就職氷河期世代のスキルの低さが目立つとのこと。また、女性たちは世代を貫く共感を培えますが、男性は世代によって大きな断絶があると実感したということです。

 生まれた時代の違いという本人の努力ではどうしようもない所与の条件によって一生が左右される、この国の就労状況の矛盾がいくつもの具体例から強くあぶりだされています。

 連載最終回では、タイミーとシェアフルのシステムの違いも詳しく述べられ、「タイミーさん」と呼ばれて楽しく仕事をこなした黒川の目を通して、いくつもの現場(ホテルの宴会場、寿司屋、タワマンへの配達etc)のリアルな実況中継が大変興味深くつづられます。観察結果のルポにとどまらず、研究者らしい分析で締めくくられる本書の最後は、歴史研究者としての黒川の決意、これから経営者のわらじも履くという彼女の言葉が読者に届くことを願います。

「(戦前の女工さんのストライキ写真からほとばしるエネルギーには)闘わざるを得なかった彼女たちの覚悟がみなぎっていた。研究者の私にできることは、こうした歴史を掘り起こすことで、「もっと闘ってもいいんだよ」というメッセージを現在に伝えることかもしれない」(56号、p.134)。(谷合佳代子)