早くにいただいていたのに紹介が遅れましたが、今回は当館の資料を活用して博士論文を書かれた方の単著を取り上げます。それは、奥村旅人『労働学校における生の充溢 生涯教育の空間論序説』(東信堂、2024年12月)です。奥村さんは当館の資料を渉猟し、大阪労働学校についてのオーラルヒストリー音源も活用して博士論文を執筆されました(2023年3月に京都大学から博士号授与)。この時に音源の文字起こしをしてくださったデータが当館にとっても貴重な情報源となっています。
今回頂戴した本書は、その博論を大幅に書き直し増補されたものです。むしろ博論の中心であった大阪労働学校の記述はほぼ削られています。これは新資料が大量に発見されたため、新たに研究を始めておられるためだとか。ものすごく楽しみです。
では本書の内容を簡単に紹介しましょう。
問題意識:労働者の生の充溢に向けた教育活動の可能性を検討したい。労働者とは本書の場合、被雇用者を指す。現代社会においては賃労働に就いている人の多くが何らかの形で抑圧を感じている。それは労働条件が良いと思われているような専門家や管理者でも例外ではない。労働者を抑圧から解放するのは労働組合による社会運動の役割だったのだが、現在では労働者が多様化して、集団的交渉や政治運動では労働者の状況を一様に改善することは難しい。ゆえに、生を充溢させるためには生活全体を変えようとすることが必要。そのための労働者教育活動、教育空間の可能性と意味に着目する。
研究対象:上記の問題意識に沿って、本書では労働学校を研究対象とする。歴史的な事実の整理と分析を行い、具体的な事例としては京都労働学校を取り上げる。
<目次>
序 章 労働者の生と生涯教育の空間という主題
第1 章 教育及び空間概念の再考―分析概念の構築に向けて―
第2 章 労働者教育の全体像と現状
補 論 労働者教育活動の財政基盤
第3 章 「労働学校」の史的展開―特に京阪地域に焦点を当てて―
第4 章 京都労働学校の教育目的と教育内容―「教員」の視点から見た京都労働学校―
第5 章 京都労働学校における教育/学習の多層性―「学生」の視点から見た京都労働学校―
終 章 「自己の人間形成過程の占有」をめぐる考察
参考/引用文献・史資料・URL 一覧
付録1 翻刻資料/付録2 インタビュー記録
あとがき・謝辞
1957年に開校した京都労働学校(京都勤労者学園)は戦前期にその源流があり、他の労働学校と比べて格段に長い歴史を持ち、現在も続いています。本書では京都勤労者学園を事例として、①労働者側の視点、②教育活動の担い手の教育的意図、③労働者と知識人によって創られてきた歴史的過程、の3つを明らかにしています。
そのために本書は労働学校で学んだ現在七十代の人々にインタビューを行い、また一次史料を駆使して執筆されています。インタビュー記録についても生徒の立場、職員、教員の立場それぞれの人たちのオーラスヒストリーが付録として掲載されていて、とても興味深いです。
巻末「あとがき・謝辞」では他の多くのアーカイブズ機関や図書館に混じって当館への謝辞をいただきました。とりわけ、「エル・ライブラリーのような図書館・資料館が、何世代にもわたって存続することを祈るばかりである」と書いてくださったことが胸に沁みました。これからもがんばらねば!(谷合佳代子)