『地下水、その噴き出ずるを願って』

地下水、その噴き出ずるを願って ―熊本の治安維持法犠牲者、その名簿と足跡』梶原定義編 治安維持法国賠要求同盟熊本県本部, 2005

 本書は、政府に治安維持法の犠牲者への謝罪と賠償を求めるための基礎資料作成の調査が、治安維持法国賠要求同盟熊本県本部機関紙「不屈」に連載されて、それをもとに、梶原定義氏が独自の取材や調査によって編纂したものである。
 熊本における治安維持法犠牲者232名について一人ひとり、遺族や友人など関係者に粘り強い取材を重ねた、まさに貴重な「歴史の証言」である。
 治安維持法とは、若い人たちにはピンとこないかもしれないが、1924(大正14)年4月に公布され、法の目的はその第1条に「国体ヲ変革シ又ハ私有財産制度を否認スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織シ又ハ情ヲシリテ之ニ加入シタル者ハ十年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス 前項ノ未遂罪ハ之ヲ罰ス」とされている。1917年のロシア革命を意識して、国体=皇室や資本主義を否認する思想そのものを罰し、共産主義の影響を未然に防ぐだけでなく、宗教団体や広くリベラルな活動も取り締まる法であり、それによって設けられた「特別高等警察」(特高)の有無を言わさぬ取締りと監視下に全国民がおかれた。

 小林多喜二の虐殺(1933年)はあまりにも有名だが、この弾圧法による理不尽な逮捕・拷問によって即獄死とまではいかなくても、「拷問によって脳髄を破壊され、廃人のようになってこの世を去った」(「あとがき」より)人をはじめ、多くの人々において、拷問の犠牲が戦後まで体に刻まれ苦しまれた事実が、この「名簿と足跡」に「これでもかこれでもか」と告発されており、その凄まじさに背筋が寒くなるとともに、官憲に対する満身からの憤りを、読者と共有したい。

 しかしそれ以上に共有したいことは、これほどの大弾圧に対しても、敢然と立ち向かい、いのちを賭けて、平和と自由、民主主義のために闘い抜いた方々がいたことを忘れることはできないということである。戦後日本の民主主義は、このような人々の贖いのうえに築かれたとも言える。熊本でこれほどの多くの人々が闘い抜かれたことの歴史的な背景と分析は、猪飼隆明・大阪大学大学院教授が序文で述べられている。書名も、「平和と民主主義の実現を求める運動は、自由民権運動以来日本において、そして我が熊本において地下水となってその噴き出す日を待ち望んでいたのである」に由来している。

 もうひとつ注目したいのは、本書で追跡されている治安維持法犠牲者232名のうち、女性が44名(約2割)も登場していることである。治安維持法の前身である治安警察法(1900年公布)第5条において、女性は結社の自由も集会への参加も禁じられていた(治警第5条撤廃が当時の女性運動の共通要求だった)時代に、非合法な労働組合結成や仲間への働きかけ・ビラまき等に敢然と挑んだ女性たちが存在したこと。もちろん、犠牲者となった夫や恋人を支えて必死に救援活動をし、「非国民」への白眼視のなかで子どもや家庭を守った女性たちの献身的な努力も、一人ひとりの人生の頁だけあったに違いないと思うが。

 登場する人々の大多数が共産主義者なので、日本共産党史や国際共産主義運動の局面への歴史的評価などが必要かと思う叙述はいくつかあるだろうが、それを検証する力量は筆者にはないので、本書が伝えたいことを共有するにとどめたい。

 そして何よりも、編者の執念とも言える粘り強い調査活動に、敬意を表明するとともに、秘密保護法が強行採決され、憲法9条の解釈改憲閣議決定されるかという、「戦争国家づくり」が進行している今こそ、本書が投げかけている「歴史における個人の役割」を自らに問いたい書である。(伍賀偕子)