ハラスメント対策の原点:根絶するために
大和田 敢太著 新日本出版社 2025.6 288p 19㎝
<本書の狙いと構成>
著者の大和田敢太は、1949年福井県生まれで、京都大学大学院法学研究科で単位取得後、パリやリヨン大学等の客員教授を経て、現在は滋賀大学名誉教授、法学博士である。ハラスメントに関する論考・著書や翻訳が多数ある。
本書の構成を目次紹介で示そうと思ったが、「はじめに」で、「本書の課題」を著者自身が述べているのがわかりやすいので、以下に抜粋して紹介する。
日本のハラスメント政策は、被害者不在のまま、加害行為の定義を重視した加害者目線の対策になっており、有効な羅針盤(定義)も適切な海図(規制制度)も不存在であるから、日本の立法や政策を前提にして、その解釈や適用を試みるだけでは、ハラスメント問題の根本的な解決に到達できないという結論である。現在の日本のハラスメント対策の問題点を明確にし、ハラスメント規制の理念や制度についての国際的な教訓を学び、実効力のある包括的なハラスメント規制の原点を改めて問い直すために、
・現在の日本のハラスメント対策の現状を明らかにし、
・ハラスメント規制の源流を探り、
・ハラスメント規制の原点を国際的な議論から確認し、
・諸外国でのハラスメント規制の実例を参照しながら、
・ハラスメント根絶のための、実効的で包括的なハラスメント規制の必要性と方法について述べる。
そして、資料編として、
★ハラスメント関連裁判例 ★ハラスメント対策の十か条 が添えられている。
<国際比較から根本的解決の方策を―まずILO190号条約の批准を>
図表①「ハラスメントのとらえ方の国際比較」(筆者作成)は、33項目について、「EUモデルと日本モデルの比較がなされている。いずれも基本的視点からの比較で、非常に興味深い。以下に主要項目を挙げてみる(pp.26-27)。
EUモデル | 日本モデル | |
性格 | 人権侵害・差別 | 職場環境(労務管理) |
規制方法 | 基本制度と原則設定 | 諸立法規定の寄せ集め |
定義方法 | 被害者視点 | 行為者アプローチ |
認定方法 | 被害の存在 | 行為から分析 |
立証責任 | 加害者の反証責任 | 被害者の責任 |
同僚労働者の義務 | 制止義務・通報義務 | 見て見ぬふりの放置 |
意図 | 結果重視・意図不要 | 意図による行為合理化 |
目的・指導・研修 | 業務目的により免責せず | 業務目的による合理化 |
救済方法 | 禁止原則 | 被害者の対応前提(相談に応じて) |
原因の所在 | 構造的・総合的・複合的要因 | 個別的要因 |
原因解明の手法 | 組織的原因究明(組織的責任) | 個別的事例 |
規制制度 | 制度的構築 | 個別的対応 |
経営上の位置づけ | 経営的課題 | 個人的トラブル |
経営者責任 | 経営責任の明確化 | 経営者任せ |
対応策の性格 | 事実調査と処分の分離 | 「調査処分委員会」・第三者任せ |
被害者への対応 | 救済・ケア・賠償など | 当事者任せ |
社会的規制 | 産業別労使協定(欧州段階、各国段階) | 個別企業任せ |
実体調査 | 科学的手法(調査票・専門化面接) | 不統一な行政データ・ウェブ調査 |
この国際基準と日本の政策の違いは、「被害者の立場からの救済重視か加害行為の規制という加害者目線かの違い」であると。
この図表において概念規定されている項目は、第3章・第4章において、具体的に立証されている。その先進例として、ベルギーとフランスにおける法規制が検証されている。
EU委員会は、2005年に労使レベルで職場におけるハラスメント規制の具体化を勧告し、2007年には、その勧告を受けてヨーロッパの労働組合や使用者団体が基本協定を締結している。さらに、2009年には、顧客や利用者など企業外部からのハラスメントに対応するために、「職場における第三者からのハラスメントに関する指針」を定めている。
日本において、ハラスメント根絶のための実効的で包括的なハラスメント規制に変革するためには、まず、ILO190号「労働の世界における暴力及びハラスメントを禁止する」条約(2019年採択)と勧告(第206号)の批准をめざす道筋においてこそ可能であることが提言されている。ILO190号条約における定義と根絶規制については、是非本書の解説を学ばれたい。
字数の関係で省くが、ハラスメントの定義や規制が、国連の「女性差別撤廃条約」(1979年採択)とそれに裏付けられたフェミニズム運動や#MeToo運動によって深化されたという展開も、納得がいく。
(伍賀 偕子 ごか ともこ)