エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)

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『西淀川公害の40年―維持可能な環境都市をめざして』

地域再生学の第一級のケースブック

 本書は、2012年に「西淀川公害患者と家族の会」が結成40周年を迎えて、大気汚染公害被害者運動が、「環境再生−環境の回復・保全を軸とした都市再生―のまちづくり」を提起・実践し先駆的な役割を果たした背景条件を明らかにして、維持可能な環境都市をめざす現代の私たちにとって、多くの示唆をひきだそうという目的で、研究編纂された。

 編著は、除本理史・大阪市立大学大学院経営学研究科准教授、林美帆・公益財団法人公害地域再生センター(あおぞら財団)研究員で、他に尾崎寛直・東京経済大学経済学部准教授、松岡弘之・大阪市史料調査会調査員、入江智恵子・大阪市立大学大学院経営学研究科付属先端研究教育センター特別研究員ら5名の執筆者による。
監修は、「環境経済学の第一人者」であり、西淀川公害被害者運動の当初から共に関わった宮本憲一・大阪市立大学名誉教授、「西淀川公害患者と家族の会」会長で「あおぞら財団」名誉理事長の森脇君雄、西淀川・公害と環境資料館(「エコミューズ」)館長の小田康徳・大阪電気通信大学教授の3名。

 監修者の宮本憲一は、「戦後の公害対策は四日市と大阪西淀川から始まったといってよいかもしれない」と規定し、「私はかねがね西淀川の患者会の運動は、日本一強く、質が高いと評価してきた。それは裁判闘争の準備に時間をかけたことにある。(中略)患者が主人公で自分たちが法廷闘争をするのだという自覚をもたせるまで、念入りに公害裁判についての学習を重ねたのである」と述べている。
 
 西淀川公害被害者運動の記録は、当事者団体による貴重な記録があるが、本書は、西淀川公害を軸に、戦後大阪の公害・環境問題と住民運動の歴史的展開をたどり、取り組みの先駆的意義や教訓を明らかにし、多くの協働やパートナーシップを模索し創り出していった実践に裏づけされた、新しい時代の「環境再生のまちづくり」のあり方を探る研究書であると同時に、当事者や関係者の息づかいや協働の構図が読み取れる興味深い書である。

 構成は、第1部 公害問題と地域社会―「環境再生のまちづくり」への胎動― 、第2部西淀川公害を語る、資料編からなる。

 裁判の概要は、大阪地裁への第1次提訴が1978年4月20日、第4次提訴が1992年4月30日で、原告は合わせて726名。被告は、1.企業10社、2.国 3.阪神高速道路公団。第1次判決(91年3月29日)では、企業の不法行為を認めたが、国・高速道路公団は責任を免れ、原告・被告ともに控訴し、95年3月に企業和解。第2次〜第4次(95年7月)判決では、国・高速道路公団不法行為を認め、損害賠償支払いを認めるが、原告・被告ともに控訴し、98年7月和解。96年9月、企業側の解決金を元に、財団法人 公害地域再生センター(あおぞら財団)を設立し、「公害経験を全国各地の地域づくりや草の根国際協力に役立てるための調査研究と交流、環境学習等の事業」を展開(設立趣意書)。2011年、公益財団法人に移行。

 第1部第1章では、大阪・西淀川から生まれた現代都市政策の理念が、「公害反対運動の“深化”と「都市再生のまちづくり」と規定されて深化されている。
 第2章では、「医療の社会化」運動から公害問題へのアプローチが展開され、保健所以外に公的医療機関のない西淀川地域の開業医中心の区医師会が、患者の治療をはじめ地域医療を担う役割を果たしていく。西淀川の医療者が住民の生活を脅かす公害問題まで視野に入れながら「使命感」をもって住民の健康づくりに尽力した視座や哲学は、貴重なヒントを与えてくれている。
 第3章では、西淀川の公害教育が追跡されている。被害があることがわかっていても、原因・「悪者」が見えにくく、「公害認識」を共有化するのがむつかしい中で、学校現場の教師たちが独自に調査を行う体制を築き、行政や教育委員会を動かし、公害対策研究指定校や指導案につながっていく。地域の教職員組合が継続して患者会運動を支援し、住民運動に参加した意義は大きい。都市問題の1つとして公害教育を取り上げたところに西淀川公害の独自性がある。
 第4章では、フェニックス事業(大阪湾内で実施している廃棄物の埋立事業)計画に対して、患者会が大気汚染悪化との関連で鋭く捉え、医師会・振興町会などをまとめて、反対運動の要となった展開と“苦い教訓”が述べられている。

 第5章では、大気汚染公害反対運動と消費者運動の合流が、患者会への支援・協力にとどまらず、消費者運動側の論理から述べられている。患者会運動が大きく転換するエポックともいえるのは、1988年「地球環境と大気汚染を考える全国市民会議」(CASA)の結成である。その中心軸となった大阪消団連(全大阪消費者団体連絡会)の下垣内博・事務局長(当時)のグローバルな地球環境問題への志向性と優れた論理、そこに結集する市民生協をはじめとした大衆的エネルギーが、西淀川の被害者救済運動に合流した。関西から全国の消費者運動を牽引した下垣内博氏は早世されたので、著書や聞書きが数少ないが、本書において、その先駆性と果たした役割がかなりのページ数をさいて記録されており、宮本憲一監修者の言葉にも登場していて、歴史的に貴重な記録と言えよう。(20年近く下垣内博氏と共に活動したことのある筆者にも、嬉しい記録である)

 裁判闘争であるから、勝利に導くための弁護士活動は重要な軸であるが、字数の関係で割愛せざるを得ない。
 推薦の言葉を送っている、前環境事務次官の小林光・慶応義塾大学教授によれば、「地域再生学の第一級のケースブック」と評している。― 賠償のみで終ることなく、わだかまりを超えて、よりよい地域づくりに取組んだ「協働」の発想と秘訣を読み解く。大阪の工業地帯がエコで蘇る感動のレポート― と。   (伍賀偕子)

<書誌情報>