エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)

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『団塊の世代の仕事とキャリア  ―日本の大企業における大卒エリートのオーラル・ヒストリー』

 清水克洋 谷口明丈 関口定一 編(中央大学出版部/2019年/A5判上製336頁)

 

 本書は、「団塊の世代」のサラリーマン・エリートが企業においてどのように仕事をし、キャリアを培って、日本企業の中核を担ったかの5名のオーラル・ヒストリーと、それをもとに5名の研究者が「団塊の世代の仕事とキャリア」論を展開する構成であり、中央大学企業研究所研究プロジェクトによる成果をまとめたものである(中央大学企業研究所研究叢書40)。

 「団塊の世代」とは、1947年~49年の3年間に出生した、いわゆる「第1次ベビーブーム世代」をいい、堺屋太一の近未来予測小説『団塊の世代』(講談社/1976年)によりその呼称が広まったと言われている。彼は、その本の扉で「団塊の世代は、過去においてそうであったように、将来においても数々の流行と需要を作り、過当競争と過剰施設とを残しつつ、年老いていくことであろう」と予言している。ちなみに、この年の出生数は、ピークで270万、この間毎年それに近く、現在の3倍近いベビーが生まれたということである。この世代は、成長するにつれ、「グループサウンズ世代」「戦無派世代」「全共闘世代」「フォーク世代」「ニューファミリー世代」と呼ばれてきて、もとは他称だったが、今や「団塊の世代」は自称となっている。そして、団塊の世代の高齢化による雇用、年金、医療の問題群が予測指摘されてきた。

 この世代論は、生きた時代背景やその特徴など、第Ⅱ部で論じられていて非常に興味深いが、本論はここではない。

 第Ⅰ部で語られる5名のオーラル・ヒストリーは、団塊の世代に属し、1972年京都大学経済学部卒という、いわゆるエリートが、日本を代表する大企業(日立製作所旭化成伊藤忠商事日本長期信用銀行マツダ)でキャリアを形成して、1970年前後から2010年前後までの約40年間の日本経済を担っていくヒストリーである。ヒアリング調査の目的は次の4点が示され、その問題意識が貫かれている。

  • 大卒エリート社員のキャリアパスを明らかにする
  • 彼らが日本企業の組織能力の形成に果たした役割を明らかにする
  • バブル崩壊後の彼らの位置・役割を明らかにする
  • 団塊の世代の歴史的意義を明らかにする

 5つの証言は「個性的で、多数の貴重な事実がちりばめられており、聞き手を強く引き付けるものであった」とされ、「この世代が生きた時代を見事に反映したものであり、他の世代は決してこのように人生を生きることはないであろうという意味で、この世代に固有のものであった」とされている。

 それらがもつ意義については、それぞれに研究者による示唆的な解題が試みられている。

 そして共通の特徴として、― 組織人として日本的雇用慣行の下で、組織内キャリアを形成したこと、それは厳しい競争とともにあり、さらにその厳しさは徐々に強まっていたこと、職業人生の後半の20年は、バブル経済の崩壊、経営合理化、成果主義導入などを経験し、苦労したことなど― が語られている。

 5名の各オーラルヒストリーを紹介する紙数がないので、概括的な紹介になってしまうが、印象に残った言葉がある。バブル崩壊後の経営側の対応について、「選択と集中」というが、「私から言わせればほとんどリストラと同義語に近いように思う」という見識や、また当時の経営改革は「決して良い話、全員が賛成できる話ではなく、大変血が出る話でした」とその心痛を語り、さらに、われわれは「逃げ切り世代」かも知れないという心情の吐露などである。その流された血をどうしてくれるのかという反駁はここでは控えるが、日本的経営を担ってきた彼らの、成果主義への短期的・長期的評価やその具体的展開から、何を学ぶのか、「能力主義」批判の思想的基盤や土壌をどう耕せばいいのか、じっくり考えさせられる書である。(伍賀 偕子<ごか ともこ>元「関西女の労働問題研究会」代表)