エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)

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『イギリス産業革命期の子どもと労働 労働者の自伝から』

ジェーン・ハンフリーズ著 ; 原伸子、山本千映、赤木誠、齊藤健太郎、永島剛 訳.   法政大学出版局,  2022.2   21cm  598p

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 著者のジェーン・ハンフリーズは、オックスフォード大学名誉教授。専門は経済史で、1995年に成立した国際フェミニスト経済学会の創設メンバーであり、1999年~2000年には、同学会の会長を務めている。

 本書は2010年の著作であり、18世紀末から19世紀中葉にかけて児童労働を経験した労働者617人の自伝をもとに、「大量の児童労働を用いたイギリス産業革命」の姿を描いた。2011年に、アメリカ経済史学会のジェルジ・ラーンキ賞を受賞。

 日本では、原伸子・法政大学経済学部教授による「書評」が、早くも2013年1月の『大原社会問題研究所雑誌』で発表されている。原伸子ほか5名による翻訳作業は2017年より開始され、訳語統一や著者との意見交換を経て、2022年2月に刊行された(5名による翻訳と研究課程についても、2021年2月の『大原社会問題研究所雑誌』の特集として発表されている)。

 

産業革命を支えた労働者と家族の真実――617名の自伝を通して>

600頁にも及ぶ専門的研究結果を本欄で紹介できないので、翻訳者を代表しての原伸子の「あとがき」に沿って、本書の意義を伝えたい。

 描かれているのは、「勇ましく、男性的で、進歩的なものとして・・・鎖を解かれたプロメテウス」として描かれることが多い産業革命ではなくて、この歴史的過程を背後で支えていた子供たちとその家族の姿である。

 ハンフリーズは、労働者階級の自伝を数量的方法と質的方法の両方を用いて分析している。

 前者の方法からは、仕事を始めた年令、就学期間、徒弟就業の開始年齢や継続期間、教育や職業訓練の報酬などが示され、新たな評価が可能となる。

 後者の方法からは、児童労働を行う子どもと母親の関係生活の危機に陥ったときの避難所としての親族の利他的行動、救貧法の救済を受けるシングルマザー世帯、さらに19世紀の労働者階級の貧困な孤児が「やる気をみせること」で自らを鼓舞する様子、徒弟制度が子どもの職業訓練に果たした役割、1833年工場法における児童労働規制と半日教育制度の導入によってやっと新鮮な空気を吸えるようになった子どもたちなど――の声を聴くことができる。

 ハンフリーズは、自伝の著者を、生れた時期に応じて4つのコーホートに分けて児童労働開始時期を調べている~ 第1期(1790年以前)第2期(1791~1820年)第3期(1821~50年)第4期(1851~78年)~。伝統的な産業革命期である第2期と第3期は、開始年齢は平均して約10歳、第1期では、11.50歳、第4期からは11.39歳となっている。従来10歳以下の児童労働は限定的で一時的だったとする歴史家への反論である。炭鉱夫、工場労働者、下請け労働者、臨時雇用労働者、兵士の息子たちはみな、10歳以下で働いていた――と。

 児童労働の理由はほとんどが「貧困」のためである。617人のうち、3分の1の子どもがシングルマザー世帯で暮らしていた。その多くが、救貧法の「院外救済」を受けており、子どもたちはいつも飢えていた。また、救貧法における貧困救済がしだいに「自助」を条件にするようになったことも児童労働の要因としてあげられている。

 原伸子は本書が提示している4つの論点をあげているが、筆者が興味深いのは、4点目である、男性稼ぎ手モデルが18世紀末のイギリスで成立していたこと。従来、多くのフェミニストたちは、「男性稼ぎ主家族」の成立は男性中心の労働組合、労働保護立法、家族賃金キャンペーンによるものと共有してきたが、この標準的理解に対する問題提起でもある。

 

<児童労働に対する著者からのメッセージ>

 最後に、著者ハンフリーズの「日本語版への序」から引用する。

本書で描いた子どもたちの多くは、成長して大人になってから、児童労働を終わらせるために闘ったり、少しでも労働条件をよくして、後に続く世代のために状況を改善しようとしていた。残念なことに、この課題はまだ続いている。現代世界においても、児童労働が若者や無垢な子どもたちの将来をむしばみ続けている。願わくは、本書で描かれた幼い頃に児童労働者であった人々の苦しみと冷静な心が、現代における児童労働を終わらせる運動に寄与できますように(p. viii)

 (伍賀 偕子 ごか ともこ)