エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)

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『大阪砲兵工廠年表』

久保 在久著(2020年9月/耕文社/A4判170頁)

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 「大阪砲兵工廠」とは、戦前日本最大級、アジア最大級の兵器工場で、大阪城周辺で事業を開始して、2019年で150年という節目となる。

 著者久保在久は、1987年11月に『大阪砲兵工廠資料集』(上・下、日本経済評論社)、2019年5月に『大阪砲兵工廠物語』(耕文社)を発刊し、本書はその第3弾とも言える。他にも、『大阪社会労働運動史』(社会運動協会)の第1巻・2巻でも、大阪砲兵工廠に関わって、久保が詳細に執筆している。

 『大阪砲兵工廠資料集』は、「日本産業技術史学会第1回資料特別賞」受賞という高い評価を得て、朝日新聞毎日新聞の「ひと」欄に掲載された。

 2019年の『大阪砲兵工廠物語』については、当欄でも紹介したが、今回の「年表」は、集めた新聞記事を中心に作成し、『物語』で書き切れなかった事項について、「年表から読み取れること」として補強されている。

 これらの一連の研究蓄積が、― 大阪砲兵工廠が、東洋一といわれる規模の軍需工場であり、長年の戦争に次ぐ戦争を重ねてきた近代史の中で、その大きな一翼を担ったことには相違ないが、一面、その過程で、大阪の街の産業の発展や町の形成にも寄与するところが大きかったのではないか、との視点でいくばくかの事実を明らかにできたのではないかと思っている ― と著者は述べている。

 『年表』は、1870(明治3)年~1945年の敗戦と陸海軍両省廃止までの75年間の、大阪砲兵工廠に関わる出来事を詳細に刻んでいる。その出典は、朝日・毎日両新聞をはじめとして、日本立憲政党新聞、東雲新聞、大阪平民新聞、大阪鉄工組合機関紙、日本労働新聞、官業労働新聞、等の各新聞の他、『日本労働年鑑』(大原社会問題研究所)の各年版、『大阪砲兵工廠沿革史』(1902年/大阪砲兵工廠)、『大阪工業会50年史』(1964年)、『日本における資本主義の発達年表』(楫西光速、大島清、加藤俊彦、大内力編/東京大学出版会/1953年)、等々、広範囲にわたって深く探求されている。

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<『年表』から読み取れること>

 見出しだけの紹介になるが、― 「多彩な訪問者」、「多発した労働災害」(作業中の爆発事故で50人もが死亡した1880年の事故は『物語』で記述されているが、1925~1930年には、毎年200人以上の「公傷病者」が、多い年には300人近くに達している。資料編として、「大阪砲兵工廠各工場の衛生的所見」ほか、職工の労働実態を掲載して、どれほど過酷な働かせ方であったかに、著者の想いが伝わる)、「植民地の同化政策」(台湾や朝鮮の植民地政策に大阪砲兵工廠への旅行見学が利用された)、「報道統制」(日露開戦を前にして軍隊に関わる記事の禁止が官報号外で告知された)―

<著者が関わった二人のこと>

 八木信一との出会い― 陸軍直営の兵器工場である大阪砲兵工廠で労働組合「向上会」を結成して、大阪初のメーデー1921年)の総指揮者である八木信一について、没年はじめ不明な部分が多くて、気にかかっていたところ、古本屋で買った『寝屋川市誌』から町制時代の議員名簿にその名を見つけて、市役所に調べに行った。遺族の住所が判明し、養女鞆子さんを訪ねて、一年がかりで、父の思い出『八木信一伝』発刊にこぎ着けた。「大阪の労働運動史に大きな足跡を残した人物の等身大の実像が後世に残ることになったことは喜ばしいことである」と。そして、鞆子さんのご厚意で八木の時代の組合旗や貴重な資料が大阪社会運動協会に寄贈され、永年保存されることになった。

 高田鉱造の回想― 戦前は3・15事件で検挙され、戦後は「大阪労働運動史研究会」を主宰した、大阪労働運動史研究の重鎮であるが、この人の聞き書きも久保が担当し、1991年自伝『一粒の種』の出版に至った。この高田鉱造も一時期、大阪砲兵工廠で働いていて、「向上会」にも加わったが、その語りが興味深い。

「まだ明確な社会主義思想をもっていたわけではなかったが、御用組合のようなかたちで発足した向上会には義理で加盟しただけで、何の関心ももたなかったというのが正直なところだった」と。字数の関係で高田氏について詳しく言及できないが、エル・ライブラリーの「高田文庫」も高田鉱造氏からの寄贈資料である。

 

 以上、大阪砲兵工廠に関わる一連の丹念な掘り起しと著述はもちろん、この二人の先達との関わりをはじめ、多くの社会労働運動史刊行への関わりなど、歴史を刻み、語り伝える並々ならぬ事跡は、まさに頭のさがる「ライフワーク」であり、後に続く者にとって、心からの謝意を届けたい。

※本書は、エル・ライブラリーで割引購入することができる。

 『大阪砲兵工廠物語』税込み定価1100円→1000円に

 『大阪砲兵工廠年表』税込み定価1500円→1300円に

(伍賀 偕子<ごか・ともこ> 元「関西女の労働問題研究会」代表)