エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)

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所蔵資料紹介~辻󠄀保治資料(近江絹糸紡績労働組合関係資料)

連載第14回 職場新聞(7)『ほのお』その2  

 1956年、会社より組合に、出勤率の低下と生理休暇乱用者がある事について申し入れがあった。これを受けて、組合と会社で生理休暇の届出を工務室へ持って行くよう協定がなされた。各職場新聞には、この取扱いそのもの、また、このことが職場会に下ろされなかったことについて不満の記事が掲載されている。中でも『ほのお』№5(1956年8月1日発行)、『蛹粉の中で』№5(1956年7月15日発行)に関係記事が多い。

「生休の届出変更で私の顔は赤くなった

  生理休暇の取あつかいについて、一言述べさせていただきます。先日より出来た会社の言分に、私はどういって良いものか分らなかった。とは私たちに苦しいおしつけを、自分たちの力でなぜ、てっかいできなかっただろうか・・・今までは単なる事でも職場討議を行い、集約の結果、組合のそしきに実力を出したものです。

なぜこのように出来なかったのだろうか・・・組合の幹部の人達も皆んなの声を信用すべきだと思います。

私はこのようになってから休暇をとりましたが、用紙をもらって工ム室まで印をもらいに行かなくてはと考えたら・・・でも体はえらくて、出勤できず、休暇をとりに印をもらいにいけば、主任が工ム室にならんでいる。時には、ひやかす人もいます。私の顔は眞赤になった。こうした休暇をとるよりも、いっそうのこと欠勤しようかしら、とも考える。(後略)」

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  写真「ほのお」№5 1面

 

 一方生理休暇の悪用について指摘する記事もある。

「今迄の生休を反省しよう

 届出を工ム室迄持って行かなくてはいけないなんていやだわ!!恥かしいーと云う声を耳にします、この様にしたのは誰かしら?誰でもないはずよ!!私達女子従業員自からの手でやったのと違う?生理日でもないのに今日は生理だと平気な顔して休んでいるんだもの有給もなくなったしつかれて仕事も出来そうにないから今日は生休とろうと云って休んだ人も私は知っている(後略)」『蛹粉の中で』№5 1面より

 職場新聞には、有給休暇が希望どおりにとれない実情を訴える記事もあり、生理休暇の運用には、このような背景もあったと思われる。

 この取扱いへの女性労働者の反対の声は大きく、再度の会社と組合との交渉により、最終的には、下記のように決着した。(『第三回支部大会報告書及議案書』より)

  • 初日は本人が主任(注)に届出る。
  • 二日目は友人に届出を依頼する。
  • 通勤者は当日友人に届出を依頼するか又は后日本人が主任に届出る。
  • 届出時間は、先番 C番 午前九時迄 后番は 午后二時三十分まで。
  • 届出場所は各職場毎に決める。
  • 実施期日は九月十七日より。

 

(注)主任はABC各番に配置される現場の管理職。

   

(下久保 恵子 エル・ライブラリー特別研究員)

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