エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)

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『技能形成の戦後史 工場と学校をむすぶもの』

沢井 実著(名古屋大学出版会/2021年9月/A5判 258頁)

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 本書は、高度成長期における職業教育・職業訓練の変遷、およびそれを支えた教育・訓練思想の検討を通じて、技能形成の戦後史をたどったものである。

 高度成長期の高校進学率の急速な上昇により、従来の中卒者=現業員、高卒者=職員・技術者候補といった学歴にもとづく伝統的な従業員区分は存続できなくなり、高卒現業員が大量に出現することになった。この大きな社会変動のなかで、多能工およびそれを支える「教養」はどのような帰趨をたどったのか、本書は、職業教育、職業訓練を支えた「教養」の役割とその変容に注目しつつ、高度成長期の技能形成の特質を考察している。

 構成は以下の通りである。

序 章 技能形成の両輪―職業訓練と職業教育

第1章 中教審による職業教育再編の模索―高校進学率上昇の衝撃

第2章 職業訓練政策をめぐる力学―新職業訓練法の成立まで

第3章 高度成長と企業内養成教育の変容―富士製鉄の事例を中心に

第4章 中小零細企業での技能形成―事業内共同職業訓練と「職人」たち

第5章 高卒技能者時代の到来―学歴・職業関係の変容とその影響

第6章 変わりゆく工業高等学校―卒業生の軌跡と直面する諸問題

第7章 公共職業訓練の変遷と苦闘―高校進学率上昇への対応

第8章 各種学校の量的拡大と発展―もうひとつの学校における実務能力・技能の養成

終 章 高校進学率の上昇と技能形成の変貌

 本書の帯でアピールしているキャッチフレーズは、~「役に立つ」「即戦力」への歴史的問い直し~となっている。本編での「技能形成」過程の分析と考察は、企業内養成施設、公共職業訓練所、工業高校、各種学校などの変遷を貴重な史料の発掘とともに、極めて具体的にたどっている。企業内事例では、富士製鉄をはじめとする大手企業にとどまらず、中小企業や零細工場での変遷が展開され、職業訓練と職業教育を受ける主体である卒業生の軌跡についても、興味深い調査や統計事例の分析と検証がなされている。

 教育・訓練の現場である「学校」と「工場」をむすぶ拠り所となる法制度のしくみ構築についての経済界・労働界の働きかけが第2章で検証されていて、労働側、当時のナショナルセンターである「総評」「大阪総評」の取組みが、わがエル・ライブラリーにしか保存されてない史料にもとづいて考察されていることを特記しておきたい。

 第2章では、1958年に制定された職業訓練法(=職業安定法に規定された職業補導と労基法に規定された技能者養成を一本化した職業訓練行政上画期的な法)から1969年に全面改正された新職業訓練法成立までの過程で、経済界、労働界双方の要請や公聴会での陳述が紹介されている。1967年10月の中央職業訓練審議会の公聴会への対応として、総評が「職業訓練問題について」という文書を傘下組織内に送付している。その内容は、従来からの「権利としての職業訓練」という基本的態度を踏まえて、1)すべての青少年は高校教育をうけられるようにすること、2)働く青年の教育機関定時制課程を主体とし、すべての働く青年の定時制就職を可能にする保障を行うこと、3)事業内の職業訓練社員教育を高校の単位として認定する産学協同(連携教育)は反対である、4)職業訓練所、各種学校はそれぞれ充実してよりよく社会の要求にこたえ得るよう改善をはかること―との具体的要求であった。大阪市で開催された「公聴会」では、当時の大阪総評の中江平次郎事務局次長(社会運動協会初代理事長)が、~ 各府県及び雇用促進事業団の所管する総合訓練所を一元化しトレーニングデパートとして訓練綜合センターとすべきである~ と口述している。この史料も「公聴会口述要旨」として手書き原稿が、エル・ライブラリーに所蔵されており、正真正銘ここにしかない史料であり、労働組合の具体的取り組み史料が注目されていることは特記しておきたいと思う。

 この時期の政・労・使の対応をここで深く追うことは省略するが、結論としては、~1969年の職業訓練法の全面改正も、明治以来の教育システムにおける正系(全体)と傍系(部分)の強固な位階制を打ち崩すものではなかった~ としている。

 終章において、著者は以下のように締めくくっている。~ 本書が明らかにした高度成長期の職業教育、職業訓練における教養へのこだわりは、戦前以来の熟練観を継承するものであると同時に、逆説的ながら眼前の現実からは距離をおいた教育や訓練という行為が内包する「役にたたないこと」に対する信頼であったように思われる。「即戦力」の強調からはこうした信頼は生まれようがない。半世紀以上前の「工場と学校をむすぶもの」に関するわれわれの経験は、現在における教育と職業のあり方を厳しく問うているのである。(伍賀 偕子 ごか・ともこ)