エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)

ブログ記事の引用転載を希望される方は、https://l-library.hatenablog.com/about をご確認ください

『軍隊と戦争の記憶―旧大阪真田山陸軍墓地、保存への道』

小田康徳著(阿吽社/2022年5月/A5版上製352頁)

軍隊と戦争の記憶|図書出版 京都 阿吽社 

 著者の小田康徳は「NPO法人旧真田山陸軍墓地とその保存を考える会」理事長で、大阪電気通信大学名誉教授である。2019年にも『旧真田山陸軍墓地、墓標との対話』(阿吽社)を15名の執筆者と共に編纂している(当コーナーでも、2020.6.11に紹介済み)。

 旧真田山陸軍墓地は、JR大阪環状線玉造駅から約5分の位置にあり、日本で最も早く大阪に設置された(1871年=明治4)。

<「保存を考える会」の活動と基本認識の深化を振り返る>

 前著が、膨大な墓標との対話を通して、軍と戦争に関わって命をおとした人びと一人ひとりの存在を検証する合同の歴史研究であったのに対し、今回の単著は、「過去20年にわたり書き続けてきた旧真田山陸軍墓地に関する自分の認識の深化を記録する論文等の集積」であると、著者は述べている。その深化の過程は、「保存を考える会」の活動の積み重ねと重なるものであった。「保存を考える会」は、2001年10月に発足し、2004年9月にNPO法人の認可を受けた。はじめは、旧真田山陸軍墓地の個人墓碑や納骨堂の傷みに心を痛めるとともに、それらが現在に生きる人びとに語りかけてくる近代日本の軍事制度や戦争の意味について研究し、陸軍墓地についての理解を深めていかねばならないと考えた歴史家有志の集まりだった。20年を超えるその活動 ――40回を超える陸軍墓地講座、30回を超える研究会、延べ1万人前後となる毎年継続してきた墓地案内、2020年度で8号を数える研究雑誌『旧真田山陸軍墓地研究年報』やいくつかの著書の発行、2010年度~2012年度の3年間を要して成し遂げてきた納骨堂の悉皆調査、保存と史跡指定を求める行政への要望活動=2018年9月の台風被害の調査、落下している墓碑破片の調査と一時避難等―― これらの粘り強く地道な活動蓄積によって、考古学・建築史・文化財保存科学の関係者やさらに広い分野の研究者や多くの市民、ジャーナリズム方面へとその輪を広めていったと振り返り、いずれもそこに傾注された尽力が胸に迫り、頭がさがる思いが募る。

 とりわけ、2010年から始めた納骨堂の悉皆調査については、科研費申請により、3年計画で実施されて、「戦没者慰霊の実相」研究が深められ、興味深い。研究目的は日本最古の陸軍墓地であり、戦前の様相をいまによく伝える旧真田山陸軍墓地に所在する戦没者納骨堂の全容を解明し、以て、歴史学社会学民俗学・考古学等多様な視点から戦時期日本の国家・社会・国民の、戦争に対するとらえ方を知り、また、戦没者追悼のありようを解明するための基礎的データを得ること」とされている。その調査研究の成果は、納骨堂に合葬される骨壺等1件ずつについて、データ化を進め、8249件が判明し、戦局が絶望的となった1944~45年には急増する戦没者大阪府だけで約97,000人と推測)のうち、わずかに1,303人の合葬しか実現できていないこと、しかもその内の7割が遺骨なしの状況であることを解明している。

<歴史遺跡としての保存の社会的必要性=公益性>

 2018年11月、吉村洋文大阪市長(当時)は、「旧真田山陸軍墓地の管理・維持保全に関する要望」を官邸に提出した(その際「保存を考える会」への意見聴取はなかったが)。

要望書では、被葬者を、「日本国民の生命・財産を守り、その使命を果たすために殉じた方」とまとめているが、本著では、その「英霊」一本槍の規定を厳しく批判している。――国家と国民との関係、他国民との関係についての深刻な葛藤過程を明治以後の近代日本もたどっていたことから目を背けさせるものである――と。さらに、「多くの戦死者や戦病死者を出した日本の戦争について、不正確で乱雑な整理である」として、20年近くにわたる「保存を考える会」の調査研究結果をもとに実証的に反論している。

 そして、歴史上、日本の軍隊や戦争に関わっていのちをおとした内外多くの人びとの生について、彼らの死に対する国家や軍の責任を考え、旧陸軍墓地はなぜ創設され、存続してきたのか、戦力と戦争を放棄した今日の日本においてその保存にはなぜ社会的な意義が認められ、いかなる意味で貴重なのか―と「歴史遺跡としての保存の公益性」を諄々と説いている。

 まとめとして、2019年2月に本会が国に対して行った6点の提言で結んでいる。

①墓地および被葬者の悉皆調査 ②被葬者・墓地の多面性重視 ③史跡・文化財への指定 ④修復作業は原形保存を基本とする ⑤研究・管理施設と休憩施設を ⑥財政基盤と管理機構の確立。

(伍賀 偕子〈ごか・ともこ〉 元「関西女の労働問題研究会」代表)