エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)

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『広告の夜明け 大阪・萬年社コレクション研究』

竹内幸絵・難波功士編(思文閣出版/2017年12月/A5判316頁)

 広告の夜明け

 本書は、1890(明治23)年に大阪で創業された広告代理店「萬年社」が、その倒産(1999年)までの約100年間に収集した広告資料や文献などの「萬年社コレクション」を詳しく分析研究している。二人の編者をはじめ、「大阪メディア文化史研究会」を母体とする研究者が執筆している。

 構成は、Ⅰ=広告の黎明期をリードした萬年社と創業者・高木貞衛の人となり、Ⅱ=「萬年社コレクション」から探る広告史研究― となっている。

 高木貞衛(1857~1940)が、萬年社を創業した当時は、大阪にはこれといった広告業者は見当たらず、企業として最初に発展させたのが高木であり、「広告代理業」と称したのも高木であった。広告主の繁栄に依存して活躍している欧米に目を向け、広告主のために広告業務を代行することを自らの仕事として位置付けての自称である。“広告屋”ではなく、「広告代理業」と一般に称され出したのは、大正末期から昭和初期にかけてであり、業界をリードする萬年社の実績と社会的地位の定着であるとされている。創業2年後にキリスト教に受洗入信し、プロテスタントとしてのエートスを萬年社並びに社員の利潤追求活動に反映させ、会社の取引拡大も、プロテスタンティズムのネットワークの影響が強かったとされている。プロローグでは、高木の経営思想や、日本の広告を牽引した明治の実力者像が、魅力的に描かれている。 

 本書のカバーには、書名以外に「広告の太陽は、西から昇る」と書かれている。このキャッチフレーズにかけた想いは、編者・竹内幸絵(同志社大学)の「はじめに」と難波功士関西学院大学)の「おわりに」から読み取ることができる。出版業界・研究の「東京一極集中」に異議申し立て、近代広告の黎明期「夜明け」は大阪から開かれたことを、萬年社コレクションを分析することで実証している。― 高木から始まった大阪の屋外広告への熱意は、「大事なことはお上に任さず自分たちで決めるという、かつての町衆の矜持に通じるものであろう。そしてそれは今日に続く大阪という地に在る、広告への熱意の原点でもある」― と断言している。

 主題の「萬年社コレクション」の概要は、1)図書類2)引札(ひきふだ)類(チラシ)3)紙・印刷資料(戦前資料/戦後資料/ポスター類)4)ビデオ・テープ類に分類され、その膨大さは、戦前資料総数が13,360点という数量からだけでも推察される。最も古いもので、1873年発行の『横浜毎日新聞』で、19世紀資料が151点、1910年代~30年代総数は5,870点で、地方紙とともに植民地の新聞、アジアの新聞広告のスクラップがある。本書では、これらの戦前資料の分析を中心に、「広告の夜明け」をひも解いており、― 決して地方ではなく、まぎれもなく「中央」であった大阪を手がかりに日本の近代広告史を開く―という編纂意図を述べている。

 萬年社の倒産の際に、これだけの取集資料の大阪からの散逸を憂いた篤志家によって購入され、大阪市立近代美術館準備室に寄贈され、萬年社コレクション調査研究プロジェクトにより分類整理され、公開されている(詳細は萬年社コレクションのHP参照)。歴史的資料を保存し共有する共同作業に謝意を表したい。

 「広告は社会的であり、芸術的でもある複合的な存在である」と、本書は述べている。大阪での高木の主導による広告業界の有力団体「水曜会」の活躍も、1942年の商工省による、「広告代理業の整備統合案」により、業界として国家翼賛体制に巻き込まれていく。大政翼賛会の主導による「日本宣伝文化協会」が設立されて、国家宣伝への協力、献納広告や広告の自主規制がなされ、さらに象徴的には、南方占領地向け文化工作として『エホン ニッポン』が発刊される。

― 一極集中の弊害が叫ばれる昨今、戦前の関西メディア史は、たんなる懐古ではなく、未来への知恵となりうるものです。萬年社の挫折から、関西メディア界の栄枯盛衰から、われわれはまだまだ多くを学びうるのではないでしょうか― の問いかけによって、結ばれている。(伍賀 偕子<ごか・ともこ> 元「関西女の労働問題研究会」代表)

◆目次◆

第一章 「屋外広告界に雄飛をなす」――高木貞衛の夢と戦前大阪の屋外広告への熱意 (竹内幸絵)
第二章 萬年社と日本GM (難波功士
〈コラム〉
高木貞衛のキリスト教 (菅谷富夫)
萬年社コレクションのチラシ広告 (大石真澄)
第三章 萬年社における連合広告――歴史・意匠・企画を中心に (熊倉一紗)
〈コラム〉
広告漫画と萬年社 (松井広志)
第四章 萬年社コレクションにみるアジアの新聞と広告 (土屋礼子)
■Ⅱ 「萬年社コレクション」から探る広告史
第五章 大阪の広告業界に生まれた「水曜会」百年の由緒 (木原勝也)
第六章 萬年社と博覧会─―「京都こども博覧会」における新聞と広告 (村瀬敬子)
〈コラム〉
京都岡崎の広告意匠展覧会(樋口摩彌)
第七章 広告掲載料からみる雑誌メディア――萬年社『広告年鑑』が示した戦前雑誌の広告効果(石田あゆう)
〈コラム〉
大学の新聞広告――同志社大学所蔵史料より(樋口摩彌)
第八章 アジア・太平洋戦争期における国家宣伝と広告業界――日本宣伝文化協会と『エホン ニッポン』 (中嶋晋平)
〈コラム〉
中国大陸における萬年社と海外進出――中島真雄の新聞活動と広告 (華京碩)
萬年社関連年表
おわりに
執筆者紹介
索引