エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)

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『戦中・戦後の経験と戦後思想 1930-1960年代』

北河賢三・黒川みどり編著(現代史料出版/2020/A5判286頁)

書影は現代史料出版のWEBサイトより。
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  本書は、「日本現代思想史研究会」のメンバーが、戦後知識人の思想を中心とする戦後思想史および戦争体験論を共通テーマに、北河賢三と黒川みどりの編者をはじめ8名が執筆している。

 目次は以下の通りである。

 Ⅰ 知識人の戦争責任論             上田美和

 Ⅱ 『婦人民主新聞』に見る戦争観と戦争体験記  井上裕子

 Ⅲ 市民の哲学者・久野収の成り立ち       北河賢三

 Ⅳ 松田道雄における市民主義の成立       和田 悠

 Ⅴ 日高六郎の学校教育をめぐる思想と運動    宮下祥子

 Ⅵ 「部落共同体」との対峙           黒川みどり

 Ⅶ 「構造改革」論の成立に関する覚書      高岡裕之

 Ⅷ 山形県における国民教育運動の展開      高木重治

 

 安倍能成松田道雄久野収丸山眞男日高六郎ら「リベラル派知識人」の戦時・戦後の経験と思想との関係を究明し、時代と社会に向き合った知識人の学問と思想の意義を明らかにしている。「戦後史、戦後思想史において、これらリベラル派知識人の果たした役割は大きかった」と評している。とくに、冷戦が激化するなかで多くの知識人が参加した「平和問題談話会」において彼らは「知識人の独立性」を重視していた。

 いま菅首相が、学者の国会と言われる「日本学術会議」の新会員任命から6名(安保法制や共謀罪などに反対表明した)を除外して、学問の自由や政権からの独立性が大きく揺らいでいる事態のなかで、本書の意義は極めて大きいと言える。

 本書のタイトルにおける「戦中の経験」は、戦争とファシズム下の抑圧の時代を生きた人びとの諸々の経験をも視野に入れて、とくに日中全面戦争以降の戦時下の経験を指している。Ⅰ>の論考では、その時代を生き抜いた知識人が「戦争責任」をどのように論じたのか、より正確に言うと、「知識人たちはそれぞれどのように戦争責任を引き受けたのか」を追跡し、戦後当初は「当事者として引き受けたとはいい難かった」、しかし1950年代後半から60年代、安保闘争ベトナム戦争への関わりを通して、「当事者意識」は生成されたと分析しているのは興味深い。

 これらのリベラル派知識人は、マルクス主義の影響を深く受けているが、戦後の一時期までの松田を除くと、マルクス主義者との自己意識はない。

 一方マルクス主義的知識人については、Ⅶ>の論考で、「構造改革派」の代表的論客として佐藤昇を中心に、「構造改革」論の思想史的意義を論じている。「ブルジョア民主主義や議会制度のもつ積極的側面に対する過小評価」のスターリン主義を克服し、日本の革新運動を発達した「現代資本主義」社会に対する運動へと「現代化」することを課題としたと。

 本書は、知識人の役割の追跡に終始しているのではなく、Ⅳ>の論考において、松田道雄が、知識人にとっての「他者」である「市民」と「市民運動」の発見によって自己を問い直すことになった過程を、彼の「ベ平連」論や「小田実」論の展開を通して論じている。

― 高度成長による社会の大衆化・平準化のなかで社会を変革しようとする「知識人」に求められるのは、「人民」を指導し、マルクス主義の革命理論によって民衆を組織化することではない ― 「人民」と目線を合わせつつ、目を凝らせば浮かび上がってくる「知識人」と「人民」の間にある社会的文化的断層を無視せずに、しかしあくまでも社会を変革していくための「連帯」=「市民運動」を構築していくことにある ― と。

 ここに列挙した知識人だけでなく、数多くの「進歩的知識人」の研究と思想が、丁寧な<注>のもとに論述されていて、非常に学びの多い書である。

 <注>の丁寧さで言えば、いささか手前味噌になるが、Ⅲの論考において、久野収が戦後すぐに、大阪の労働・市民講座で頻繁に講演したことの記録が、エル・ライブラリーの谷合館長らの教示によることと、その出典である「松本員枝の聞き書き」が注記されていることは、それを編纂した者として嬉しく、特筆しておきたい。(伍賀 偕子<ごか・ともこ> 元「関西女の労働問題研究会」代表)