エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)

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新着雑誌です(2020.8.20)

今週の新着雑誌です。

新着雑誌のうち最新のものは貸出できません。閲覧のみです。

労政時報 3998号 2020.8.14・28 (201377777)

労務事情 No1409 2020.8.1・15 (201377710)

労働法学研究会報 No2723 2020.8.15 (201377744)

労働判例 No1222 2020.8.1・15 (201377801)

 

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『大原社会問題研究所100年史』

法政大学大原社会問題研究所編(法政大学出版局/2020年/A5判298頁)

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 社会科学分野において日本で最も長い歴史をもつ民間研究機関「大原社会問題研究所」は、米騒動など社会問題が深刻化する状況下、それに対応する研究機関として、企業家であり社会事業家でもある大原孫三郎によって1919年2月9日、大阪に設立された。

 それを報じた「東京朝日新聞」によると、―― 我国における労働者並びに労働問題の調査を為し其結果を出版することと先進国の社会労働問題に関する書籍の翻訳を為す事及右に関する講演会を開く事を第一事業とし、創設費として10万円余りを投じる ――と。

 東京帝国大学教授(当時)の高野岩三郎を訪ねた大原の高い志に同意し、初代所長就任以来、高野は1949年の他界まで所長を務め、研究所の基礎を築いた。

 研究所創設の翌1920年5月には、早くも『日本労働年鑑』第1集(大正9年版)が刊行されている。1942年~1947年の停止を除いて、今日まで刊行されている。研究所に「労働組合調査室」を設置して、年々の労働者・農民の状態、労働運動・農民運動その他社会運動の動向や各種政策について、客観的立場で記録する、「世界的に見ても十分にその存在を誇りうる年鑑となった」という評価の通り、この年鑑の刊行は、特筆すべきことである。

 また注目したいことは、1920年秋より、労働者を対象に「社会問題研究読書会」が大阪と東京で毎週1回ずつ開かれ、30回をもって1期とし、大阪では研究所の一室で2組の読書会が40名で高野を講師として開催。この読書会が大阪の社会労働運動の進展に大きな役割を果たし、後の「大阪労働学校」創設や、その講師陣も当研究所の陣容が担った。

 1922年には財団法人化して、独自の自治的な「学術研究機関」として確立する。様々な社会調査を手がけたが次第に出版事業に力が傾注され、マルクス主義の理論研究が進められ、社会科学研究の自由が奪われるこの時期、「きわめて特異な存在であった」と。

 大阪に創設後18年目の1937年に、研究所が「東京移転」する。移転についての大原・高野会談は、二人の病気もあって途中途絶えもするが、経済不況の中、大原側からの出資が困難であるという申し出が大きな理由であることは推測できる。1925年には治安維持法が制定され、政治的自由が極度に制限され、1928年の3.15事件の余波を受けて研究所が捜索され、その「存廃」が報道されるなど、困難な事態となる。本書によれば、―― 研究所が直接間接に労働運動の発展に寄与した。このことは、社会運動ではなく学術研究を推進するために研究所を設立した大原孫三郎の企図にないものだったように思われる―― とされている。大阪の社会労働運動に身を置く者としては、大いに気になることだが、「東京移転に対しては、大阪の労働団体が反対の意向を表明するなどの動きもあったが、既定方針通り移転準備が進められた」と記述されている。1936年、大阪を去るにあたっての「告別講演会」が朝日会館で開催され、1600人が参集した。

 東京移転は、戦時体制下での移転であり、盧溝橋事件発生以来、官憲の圧力がより厳しくなる中、自立態勢の確立は困難を極めた。1945年5月には米軍の空襲により研究所も類焼した。

 1949年7月法政大学と合併覚書を取り交わし、法政大学構内に移転。1951年には、財団法人大原社会問題研究所を設立。創立50年・60年記念事業を開催し、1986年には財団を解散し、多摩キャンパスに移転し、法政大学付置研究所となる。

 研究所の事業としては、『大原社会問題研究所雑誌』の定期発行が大きいが、研究所紀要の枠にとどまらず、社会労働問題研究に関する学術的専門誌として、投稿論文の外部査読制度も導入され、「開かれた研究所」をめざす努力が蓄積されている。

 毎年開催の「国際労働問題シンポジウム」も第16回よりILO駐日事務所と共催となり、創立90周年以降、国際交流事業も増加して、共同研究の成果も刊行されている。

 創立100周年記念事業も昨年2019年に開催されて、研究所発祥の地大阪でもその一部が開催されたことは記憶に新しい。

 「研究所のこれから」は ―日本を代表する社会問題の研究所として、貴重な所蔵資料を国内外の研究者や市民の利用に供することで社会的貢献を果たし続けなければならない―と、結ばれている。(伍賀 偕子<ごか・ともこ> 元「関西女の労働問題研究会」代表)

 

新着雑誌です(2020.8.12)

今週の新着雑誌です。

新着雑誌のうち最新のものは貸出できません。閲覧のみです。

人事実務 No1211 2020.8.1 (201377686)

企業と人材 No1090 2020.8.5 (201377694)

労働法学研究会報 No2722 2020.8.1 (201377728)

労働基準広報 No2035 2020.7.21 (201377751)

労働基準広報 No2036 2020.8.1 (201377785)

労働経済判例速報 2415号 2020.7.20 (201377843)

労働経済判例速報 2416号 2020.7.30 (201377819)

賃金と社会保障 1758号 2020.7.25 (201377876)

労働情報 No992 2020.4.1 (201344900)

労働情報 No993 2020.5.1 (201377702)

労働情報 No996 2020.8.1 (201377736)

地域と労働運動 239号 2020.7.25 (201377769)

 

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『つながる 寄りそう 支え合う 労働者福祉中央協議会結成70周年記念誌』

労働者福祉中央協議会(2020年3月/私家版/A判32頁)

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  本冊子は、全国各地で活動している「労福協」の中央組織結成70周年を記念して発刊された。

 日常的に労働組合運動を担っている人々でも、「労福協」というと、大単産や労働福祉団体の幹部によって運営されている、自分たちに縁の遠い上部組織だと思い込んでいる人たちも多いのではないだろうか? そう思っている人たちに是非読んでほしい冊子である。

 本冊子は、2010年以降の取組みを重点に編集されているが、発足時の運動を知る機会が少ないので、初期の時代を中心に紹介して、私たちの生活にとっての身近さを共有したい。 

<飢餓から生活物資の調達の共同行動へ>

 「中央労福協」は1949年8月30日、「労務者用物資対策中央連絡協議会」(中央物対協)として発足した。敗戦直後の食糧危機と生活物資不足が深刻な中、生活物資の確保をめざした運動の全国的な共同行動の機関が必要という切実な機運の中から生まれた。担ったのは、分立していた労働団体(総同盟、産別会議、全労連)、各産別組織、日本協同組合同盟(後の日本生協連)など36団体の結集による。

 中央物対協としての運動は1年で、1950年9月には「労働組合福祉対策中央協議会」(中央福対協)に組織改編されるが、結成当初から、イデオロギーや考え方の違い、組織の枠を超えて、福祉の充実と生活向上をめざすという一点で統一して結集をはかるという指針が明確で、その創業の精神は、今も「福祉はひとつ」として、中央労福協の原点とされている。 

労働金庫、労働者共済の設立=労働者自主福祉運動>

 1957年には、「中央労福協」に改称し、「労働者のための福祉」(対象)と「労働者による福祉」(主体)の両面を備えた運動に発展していく。労働者による自主福祉事業とは、労働金庫と労働者共済の設立である。高利貸しからの解放を求めて「労働者の労働者による労働者のための銀行」設立をめざし、1950年9月岡山県勤労者信用組合を先駆けに、各地の取組みの機運の結果、1953年の労働金庫法制定につながる。そして、1953年に「全国共済団体連絡会議」が設立され、54年に大阪で、翌55年に新潟で火災共済事業が開始された。新潟では、発足5か月後に「新潟大火」が発生し、その迅速な対応に、社会的評価を高めた。今日のこくみん共済coop(全労済)誕生の契機である。 

<「つなぐ」役割と「つなぐ」運動>

 1989年の「連合」結成に伴い、それまで労働4団体間の調整機能を担ってきた労福協の存在意義が問われることになり、1993年に「中央労福協指針」を策定して、組織労働者を対象とする労働者福祉から、中小企業や未組織労働者さらには国民福祉へと、運動の領域を広げていく。

 21世紀に入り、新自由主義政策による貧困や格差の拡大とゆがみが深刻化し、2009年には、「労福協の理念と2020年ビジョン」を策定して、「新自由主義からの転換点に立つ」との時代認識のもとに、「連帯・協同でつくる安心・共生の福祉社会」をつくるために、労働運動と労働者福祉事業が「ともに運動する主体」として力を合わせ、労福協がそのコーディネーター機能を果たすよう、提起した。さらに、2019年11月に「労福協の2030年ビジョン」が策定され、「貧困や社会的排除がなく、人と人のつながりが大切にされ、平和で、安心して働きくらせる持続可能な社会」をめざして、全国・各地域で「ともに運動する」関係づくりを進めている。

 いささか理念やビジョンの紹介に偏りすぎたが、地域から積み上げ、全国運動に高めて社会的共感を呼ぶ具体的な運動展開については ―「クレ・サラ高金利引き下げ運動」では341万筆の署名を積み上げ、43都道府県、1136市町村で採択された地方議会意見書をバックに、貸金業法改正が2006年に成立、また、生活保護基準引き下げ阻止や最低賃金の底上げ等を求める「反貧困全国キャラバン」、さらには、若者を苦しめる奨学金制度の改善をめざして、給付型奨学金制度導入を求める304万筆署名をもとに、2017年3月給付型奨学金制度の創設が実現、等々 ― まだ記憶に新しい全国運動、そして、全国各地域の地方労福協のライフサポート事業とシェルター、子ども食堂やフードバンク等々、特徴ある多彩な活動が日常的に展開されていて、身近に接することが出来る冊子であり、ご一読をお勧めしたい。(伍賀 偕子<ごか・ともこ> 元「関西女の労働問題研究会」代表)

 

労働史オーラルヒストリーの新しいコンテンツを公開

 山中庸右氏(元上新電機株式会社労働組合)のオーラル・ヒストリーを公開しました(2020年7月28日) 。「上新電機事件」と呼ばれる1990年代の社内抗争と労使関係についてのご苦労を中心に語っていただきました。

 聞き手は梅崎修氏(法政大学)ほかです。

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 山中氏のインタビュー動画と文字起こしテキスト文を公開しています。

 山中氏の経歴等の紹介は下記をご覧ください。

https://shaunkyo.jp/oralhistory/person.php?id=14

 動画と文字は、https://shaunkyo.jp/oralhistory/session.php?id=46

 

 このインタビュー並びにその解説論文は下記でも読めます。

「山中庸右氏オーラルヒストリー」梅崎修、島西智輝、南雲智映著 『生涯学習とキャリアデザイン』16巻2号 2019.3 法政大学キャリアデザイン学会

https://hosei.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=22421&file_id=22&file_no=1&nc_session=6gd9sialhq765uunhblf47k7t5%20target=

 

所蔵資料紹介~辻󠄀保治資料(近江絹糸紡績労働組合関係資料)

連載第2回

『斗う友のために』(彦根の詩サークル『熔岩詩人集団』)

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 1954(昭和29)年6月2日、近江絹糸紡績大阪本社で結成された新労働組合が、前近代的労務管理に対し、新労働組合の即時承認、拘束八時間労働の確立、仏教の強制反対、信書開封・私物検査即時停止など 22項目を要求し、会社側の拒否後、全繊同盟の指導のもとに無期限ストライキに突入した。6月7日深夜、近江絹糸紡績彦根工場もストライキに突入したが、その直後の6月10日、「熔岩詩人集団」は支援パンフレット「斗う友のために」を印刷し、翌日、彦根工場に差し入れた。一方、6月15日には、「真相発表市民大会」を開催。市民に対しても、争議への支援を呼びかけた([1])

 「斗う友のために」は、手書き謄写版印刷の縦25㎝、8pの二つ折パンフレットで、近江絹糸紡績の労働者へのメッセージと詩募集、さらに詩5篇からなる。詩には,他社の紡績女工の労働詩などとともに「みなさん自身の仲間余子敏さんの詩」として「モグラモチの」が紹介されている。なお、余子敏は、当資料の旧蔵者で『熔岩』の同人であった、辻保治の筆名であり、「モグラモチの」の初出は、『熔岩』18号(1954年5月)である。 

 近江絹糸紡績労働組合員へのメッセージ(下の写真)として、以下のように、争議前から近江絹糸紡績の労働者との交流があったことが、語られている。

 「以前から我々の仲間に、諸君の仲間の方々も入っておったのでありますが、会社側のスパイを、門限を恐れ、人を通じて原稿を寄せられ、我々のささやかな雑誌の上でお互いを激し合う方法しかとることができなかったのであります。諸君には詩を作る自由すら与えられていなかった。

 今日より諸君は自由に詩を作ることもできる。自由に恋愛を語ることもできる。自由に自己の精神の成長を期することもできる。そして明るい希望を諸君の胸に抱きしめることができる。」

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 また,「斗いの詩をつくろう」(下の写真)という欄で詩の募集がなされた。 詩による運動の方法論として,詩を読んでもらうのではなく詩を書かせることを指向していた熔岩詩人集団の意志が示されている。

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***************************************

モグラモチの  余子敏

朝の太陽が

無茶苦茶に眩しいのだ

夜業の疲労が目に集つて

モグラモチの悲しみだ

 

いつまでだつたか

この輝きに おれ達は憧れを抱いていた

それはのぼつてゆく勢だつたのだ

だが今 その朝の陽に

おれ達はこの様に悲惨じやないか

 

これから体操をやつて寝るんだ

 

何もない一日

娼婦と同じように

昼と夜を取りかえた紡績深夜労仂者

オイ

これがおれ達の青春か

 

こみ上げてくるのは自嘲なのか

 

 (注1) 『熔岩』19(熔岩詩人集団,1954.6.30)pp.24-25,「熔岩詩人集団斗争日記」参照

       (エル・ライブラリー特別研究員 下久保 恵子)

 

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。

新着雑誌です(2020.7.27)

今週の新着雑誌です。

新着雑誌のうち最新のものは貸出できません。閲覧のみです。

労政時報 3997号 2020.7.24 (201377322)

労務事情 No1408 2020.7.1・15 (201377397)

月刊人事マネジメント 355号 2020.7.5 (201377280)

労働法学研究会報 No2721 2020.7.15 (201377363)

労働経済判例速報 2414号 2020.7.10 (201377421)

労働判例 No1221 2020.7.15 (201377223)

賃金と社会保障 1757号 2020.7.10 (201377256)

月刊人事マネジメント 377号 2020.6.25 (201377314)

地域と労働運動 232 2019.12.25 (201377298)

地域と労働運動 238 2020.6.25 (201377348)

労働情報 No994 2020.6.1 (201377371)

労働情報 No995 2020.7.1 (201377405)

月刊人事労務 373号 2020.2.25 (201377439)

月刊人事労務 374号 2020.3.25 (201377231)

月刊人事労務 375号 2020.4.25 (201377264)

 

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