エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)

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所蔵資料紹介~辻󠄀保治資料(近江絹糸紡績労働組合関係資料)

連載第8回 職場新聞(1)

 

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 職場新聞は、近江絹糸紡績各工場の職場単位で刊行されている新聞である。ここで言う「職場」とは、絹糸紡績、綿・スフ紡績等それぞれの製造工程(製綿、精紡など)と対応している。辻資料に含まれている職場新聞は彦根支部のものが16タイトル、他支部を含めると、19タイトル112号分に上る。発行年代は最も早いもので、1956年2月の『蛹粉の中で』創刊号(絹紡製綿)、『ほのお』創刊号(絹紡ガス焼)、残存している最も新しいものは、1958年2月の『じんし』第7号(人繊仕上)である。また、下記の表は、1957年当時、発行、または準備されていた職場新聞の一覧である。

 《表1》

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 職場新聞は「らくがき運動」を通じて落書き帖などに書かれた労働者の声、要求、文芸作品などを編集したもので、各職場に編集委員会が組織され、その指導や支援は支部教文部が行った。

 

写真 (『蛹粉の中で』[B122]7号-4頁構成の典型的なものとして、1~4面を掲載) 

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 具体的な職場新聞の体裁は、B4判縦型、手書き謄写版による2面または4面の表裏印刷であった。職場にもよるが、概ね1カ月に一度の発行で、1・2面に職場についての要求や各担当間での苦情や要望、3・4面など後ろの面には、詩や生活雑感などが掲載される傾向にあった。

 彦根支部では、らくがき運動、職場新聞の発行を通じ、職場単位の要求闘争が盛んになり、1956年12月、支部執行委員会が、職場闘争委員会体制を採用し、団体交渉権と妥結権を職場に委譲することとなった。翌年4~5月には9職場が合計11回の職場要求の申し入れと団体交渉を行っている*1

 一方、1957年頃から表面化した近江絹糸の経営合理化、再建を巡る方針の違いから、近江絹糸労組は分裂した。翌年3月、再統一したものの、辻氏をはじめ、反主流派の活動家が多くかかわっていた職場闘争は消滅し、職場新聞のほとんども廃刊となった。

(下久保 恵子 エル・ライブラリー特別研究員)

 

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*1:職場闘争組織の変遷については、島西智輝・下久保 恵子・谷合佳代子・梅崎修・南雲智映「1950年代日本の労働運動における文化活動と職場闘争―人権争議後の近江絹糸紡績労働組合の事例-」(『香川大学経済論叢』第87巻第1・2号,2014)91頁参照。